複雑・ファジー小説
- 第27章 セージside ( No.258 )
- 日時: 2015/08/04 21:36
- 名前: yesod (ID: ZKCYjob2)
[第27章 セージside]
この島に住んでほぼ3年になる。
2年前、桜の花が咲いた頃、俺はルチカと結婚した。
ルチカと出会ったのもこの時期だったよな。
まだ春先で少し肌寒かった時だとおぼえている。
あのときはまさかルチカと結婚するなんて考えてもいなかった。
「ルチカ、朝だぞ」
いつ見ても愛しい。その気持ちはずっと変わらない。
ルチカの頬を指でつつく。幸せそうな寝顔しているな。
彼女は耳をピクリと動かした。
「セージ様ぁ・・・・・・」
うっすらとまぶたをあける。
ルチカって朝が弱いんだよな。
俺に合わせようと頑張って早起きすることもあったけど、自分のペースでいいんだよ。
俺は「おはよ」とルチカに口づけをする。ルチカも口づけを返した。
「じゃあ俺、朝食作ってくる。ルチカは後でゆっくり来て」
脱ぎ散らかしていたパジャマを取ろうとすると、ルチカが抱きついてきた。
「セージ様、もうちょっとだけでいいから側にいて・・・・・・」
います、永遠に。
じゃなくて、昨日無理させちゃったからな・・・・・・。
大人の俺がもっとしっかりしないといけないのに、我慢できなくてつい・・・・・・。
俺はルチカの頭を撫でた。
「ルチカ、昨日はごめんな。身体は辛くないか?」
「うん、平気」
「じゃあ少ししたら一緒に起きような」
「うんっ」
一緒にいられるのが嬉しいのか、ルチカは俺にくっついてきた。
朝食はメルトさんに任せたらいいよな。
結局、俺たちが部屋を出たころには日は高く上っていた。
結婚したらすぐに新居に移った。
前世の俺が住んでいた場所だ。
前世の記憶と俺の好み(和室を作ってみたのだが、これがなかなか好評だった)に合わせて魔法で家を建ててみた。
クレイリアで住んでいた館より大きい。
ルチカは「ここに私たちだけが住むのは寂しいな」っていうので、クレイリアで一緒に住んでいた奴らに加えて、エリックさんとミシェルを招くことにした。
変わったことといえば、サイトとメルトさんが同棲していることか。種族を越えた愛だな。(サイトが尻に敷かれているようだが)
それに合わせて建物も二世帯住宅仕様にリフォームしておいた。
ルチカに限らず、獣人は「皆と一緒」というのが好きなようだ。
人間より得意不得意がはっきりしているから、互いに補いあってるんだよな。
だからリリナさんが建築する家も二世帯住宅かシェアハウスいう形が多い。
俺の前世も一人が寂しいのか、色んな人と同居していたようだな。そのなかに神がいたようだが。
島民の数も順調に増えているが、今のところは大きなトラブルもない。
誰も悪事を働こうとしなかった。
- 第27章 セージside ( No.259 )
- 日時: 2015/08/05 21:10
- 名前: yesod (ID: ZKCYjob2)
島にいる間にクレイリアとルテティアが戦争を始めてしまった。
犠牲になりやすいのは獣人だから、なるべく早く獣人を優先してこの島に集めなければならない。
島では皆穏やかに暮らしているが、外の世界とは大違いだ。
獣人たちの数は減っており、時間との戦いだ。
獣人をしらみ潰しに探した。
戦争が起こったら、軍に遠慮する必要はない。
第3部隊を訪れ、マーティを引き受けた。マーティは馬だから小心者で戦闘が苦手だからな。
今マーティは元気に畑を耕している。そっちの方が向いているんだな。
ネスカには断られた。「ネスカがいないとうちの隊長はダメなのよ」と言った。
ん?ネスカまさか・・・・・・いくらなんでもないよな。
第3部隊の人たちも気になるが、連れていくわけにはいかないな。
それから久しぶりにレイラさんに会った。見合い、めちゃくちゃにして申し訳ない。
本当はアッシュバートン家の獣人が目当てだが、レイラさんなら連れていってもいいかな、と思った。
レイラさんにそのことを伝えてみると「そんな辛気臭い場所は嫌よ!」と言われた。
レイラさんのお世話係りのルイザさんも「私は最期までレイラお嬢様と共にいます!」といった。
レイラさんはこう言った。
「私にはアッシュバートンを守るという指命があるの。あなたもあなたが守るべきものを守りなさい」
ここの世界の若者はしっかりしている。この子は強いから大丈夫だ。
ちなみにレイラさんの父親の愛人も声をかけてみたが、無駄だった。愛人という地位を捨てられないようだ。
レイラさんから使用人を何人か引き受けた。
このように断られるのは稀だ。
大抵の獣人は涙を流して喜んでついていく。
獣人を連れていくのは、本人の意思に任せている。
以外だったのは、カスパルさんだ。
戦争が起こって無秩序になった様子に彼は絶望していた。
足が不自由だから保安官でもお荷物で、居場所がなかった。
自殺するところを俺がとめた。
拾ってしまった命だから、放っておくわけにもいかず。
俺はこの島の規則を伝えた。
規則を破ったら即行で追放だが、その様子はない。
カスパルさんの仕事はどうするかなあ・・・・・・。
当分はエリックさんの部下で政務の手伝いをさせるかな。
しかし、獣人大好きなエリックさんと上手くいくだろうか。
奴隷市場に積極的に顔を出したため、『黒い髪の男が楽園へ連れていってくれる』『いや、地獄で死ぬまで働かされる』と噂が立ってしまった。
クレイリアには指名手配されているしな。
- 第27章 セージside ( No.260 )
- 日時: 2015/08/06 20:34
- 名前: yesod (ID: ZKCYjob2)
朝食を食べてから俺はスーツという戦闘服を着る。これ以外の服はなんか気合いが入らないんだ。
癖になってしまったんだろうな。
ルチカは心配そうな顔をして聞く。
「セージ様、今日はどこにいくの?体はだるくない?」
戦争が始まってから、ルチカは俺に行き先や体調を聞きたがるようになった。
本当は『行かないで』と言いたいんだろうけど、事情がわかっているからそれを口にしない。
「今日はルテティアの鉱山の近くの村をまわってから、リードマン商会に取引にいく。ルチカにもお土産買ってくるよ」
「お土産なんていらないから、無事に帰ってきて・・・・・・」
今にも泣きそうな顔だ。
俺、多分この世界で一番強いから心配する必要はないのに。
俺は「なるべく早く帰ってくる」とルチカの額にキスをした。
これが日課になっている。
出かける前にエリックさんに声をかけた。
「エリックさん。これからリードマン商会に立ち寄りますが、何か必要なものはありませんか?」
大抵の食料品はなんとかなるが、まだ自給自足は完璧ではなかった。
必要なものはリードマン商会で購入している。
エリックさんは答えた。
「そうですね、衣服を作る布が必要ではないでしょうか。布の代わりに植物の葉や蔓を使っている者もいます」
エリックさんは病院で治療の魔法を教えながら、島を統治している。
島民たちの声がよく聞こえる立場だ。
年齢的に無理をさせてはいけないのだが、政治の経験が豊富な人はこの人しかいないので、頼らざるを得なかった。
「了解しました。いつもありがとうございます」
「いえいえ、とてもやりがいがあることですよ。
ところでセージ殿、島の外ではどうなっていますか?」
元々はクレイリアの政治家だ。
何もかも捨てて俺についてきたとはいえ、心配なのだろう。
「よかったら着いていきますか?これからルテティアに行きますが」
エリックさんは頷いた。
「是非、お願いいたします」
エリックさんがいれば、心強いだろう。
しかし、これからこの人が見るものは悲惨な光景だとわからないだろう。
俺はルテティアに移動するため、フードを被って髪を隠した。
- 第27章 セージside ( No.261 )
- 日時: 2015/08/07 21:30
- 名前: yesod (ID: ZKCYjob2)
ルテティアは豊かな資源があり、鉄工業が盛んな国だ。
そのため、獣人は鉱山で働かされている者が多い。
鉱山での労働は危険だ。
獣人は使い捨てにちょうどいいのだろう。
「そんな・・・・・・こんなに小さな子まで」
村の様子を見て、エリックさんはがくりと膝をついた。
村にはたくさんの死体が散らばっていた。
その村にいる人間たちは獣人を見て見ぬふり。弔ってもらえず、放置されている。
しかし、今は戦争で獣人の数が減っている。
多くが人間の盾になるからだ。
俺は魔法で獣人の死体を1ヶ所に集めた。
村人たちは動く死体を見て、ギョッとするが、知るか。建物の中に逃げる者、物陰から俺を見る者、反応は色々だ。
死体を燃やして灰にしたら地面に埋めてやる。
エリックさんは言った。
「セージ殿はいつもこのようになさっているのですか・・・・・・?」
「ええ。もっとちゃんと弔ってやりたいですけどね」
そういって、俺は両手を合わせる。エリックさんも俺を見て、真似をした。
獣人を島に連れていこうとしても、手遅れになっている場合が多い。
十数人を連れていけたら運がいい方だ。
弔いが終わると、村人たちがゾロゾロと出てきた。
皆痩せ細っていて、顔色が青白い。
「貴族様。どうか、私に恵みをください」
「お願いします」
ほとんど肉がついていない腕を伸ばす。
エリックさんは「ヒッ」と声をあげ、後ずさった。
それでも村人たちは詰めよって口々に言う。
「戦争で軍が食料を全部取っていきました」
「この子を助けてください。昨日から何も食べていないのです」
エリックさんは固まって何も答えられずにいる。
俺は彼の腕を掴んだ。
「行こう、エリックさん」
「しかし・・・・・・」
村人をみて戸惑っているエリックさんを俺は「いいから」といって強引に転移した。
村人たちが泣き叫ぶ声が聞こえたけど、無視をした。
村から少し離れた場所へ転移した。
エリックさんは言った。
「彼らがあまりにも哀れです。セージ殿、なぜ彼らを島に連れていかないのですか」
俺は答えた。
「彼らは今まで獣人を虐げてきたでしょう。戦争になって獣人がいなくなって、自分にツケが回ってきただけです」
満足に食事ができない。病気になっても治療されない。命を玩具のように扱われる。
今まで獣人にやってきたことじゃないか。なのに自分が同じ立場になれば嘆き悲しむ。
自分勝手すぎるだろう。
そんなやつらを助ける義理はないと思っている。
- 第27章 セージside ( No.262 )
- 日時: 2015/08/08 07:33
- 名前: yesod (ID: ZKCYjob2)
俺はそのままリードマン商会へ向かった。
戦争が始まっても繋がりは切っていなくて、リードマン商会を頼りにしている。
会員証なんて必要がないぐらい顔を覚えられている。
レイズさんと応接室で話す。
「やあ、フォン・ブライユ侯爵も一緒かい?何かお求めかな」
「布が欲しいんです。たくさん。それから、以前注文されたものをお持ちしました」
俺は鞄から薬と食料を取り出してテーブルの上に並べる。
レイズさんの使用人が俺が並べたものを手に取って別室に運んでいった。
レイズさんは頭を下げた。
「ほんと、いつもありがとう。薬の需要が増えてとても貴重なんだよ」
戦争により大地が荒れ、川が汚染されてしまい、作物が作れなくなってしまった。
原因不明の感染症も流行っている。
そのせいで国内でも内乱が起こるようになった。
俺はリードマン商会に食料品や薬を供給している。これらは島の住民たちが作ったものだ。
今まで色んなことでお世話になったから、その恩返しだ。リードマン商会以外とは取引をしていない。
レイズさんは商人として、リードマン商会とこの国を守っている。
彼の肩には従業員の命と顧客の命がかかっているのだ。
俺が持ってきたものを別室に運び終えると、レイズさんの使用人は木箱をいくつか持ってきた。
「それじゃあ、こちらからだ」
木箱を開けると、そこには布が入っていた。
大半が安くて丈夫な布だが、中には絹やレースのような高価な布があった。
「これ、高いでしょう?受け取れませんよ」
「いや、受け取ってくれないか。欲にまみれた貴族よりも君が使った方がずっと価値があるよ」
俺は再度断ったが、レイズさんは「受け取ってくれ」と強く言うので、俺は受けとることにした。
この人も戦争に嫌気が差しているのだろう。
けたたましい金の音が辺りに響き渡った。
レイズさんは立ち上がった。
「地下へ逃げるぞ!」
襲撃なのだろう。彼に地下室へ案内された。
そのとき、翼が画材を持ってリードマン商会から出ていこうとするのが見えた。
「翼、何をしてるんだ!逃げるぞ!」
俺は翼の腕を掴んだが、振り払われてしまった。
成長して強くなった・・・・・・と感心している場合じゃない。
「俺の仕事を邪魔しないでくれ!」
翼はそう言って外に出てしまった。
俺たちは転移すればいいのに、流れで地下室に逃げてしまう。
レイズさんは翼のことについてこう言った。
「彼はね、戦争の絵を描こうとしてるんだ。格好いいものじゃなくて、悲惨なものだったよ。
なんでそんな絵を描きたいのかわからないけど、彼なりに伝えたいことがあるんじゃないかな」
ピカソのゲルニカみたいな感じか。
暗くてよく見えなかったが、レイズさんの顔が悲しそうに見えた。
- 第27章 セージside ( No.263 )
- 日時: 2015/08/08 20:41
- 名前: yesod (ID: ZKCYjob2)
騒ぎが収まって、俺たちは地上に戻った。
ここにいる従業員は無事だった。
翼も無事怪我はなくて安心した。
リードマン商会は屋根を大砲で壊されていた。
近くに大砲の玉が落ちていた。
レイズさんは空を見上げた。
俺も同じように見上げたら、太陽が眩しくて目を細めた。
レイズさんは少し声をだして笑った。
「被害は少なくてよかったよ。さてと、修繕しようかな」
獣人は俺が島に連れて行ったから、従業員にほとんどいない。
人間だけで作業をするのは大変だろう。
俺も手伝うことにした。
屋根を修復し終えて、俺たちは島に戻ることにした。
「エリックさん、お疲れさまでした。今日はゆっくり休んでください」
エリックさんの顔から疲れが明らかに見えていた。それでも彼は俺に気をつかってか微笑んだ。
「私は何もしておりませんよ。セージ殿こそお体を大事にしてください」
俺は「ありがとうございます」といい、それぞれの自室に戻った。
扉を開けると、ルチカが勢いよく抱きついてきた。
「おかえりなさい、セージ様!」
「ただいま」
俺もギュッと抱き締める。
ルチカの体温を感じると、落ち着く。
ルチカは俺の匂いから異変に気づいたのか、パッと顔をあげる。
「外で何かあったの・・・・・・!?」
俺は説明した。
「リードマン商会に行ったとき、ちょうど争いに巻き込まれたんだ。地下室に逃げたから何もなかったけどな。
屋根の修理を手伝ったから少し時間がかかってしまった。ごめんな」
ルチカには嘘をつかないし、隠し事もしないと決めている。
俺が謝ると、ルチカは俺の胸に顔を押し付けた。
「セージ様に怪我がなくてよかった・・・・・・」
俺はしばらくルチカを抱き締めた。
外の世界がまるで嘘のようだった。
ベッドにうつ伏せになって、ルチカにマッサージしてもらう。
この絶妙な力の入れ具合がいい。ネコが人間の背中に乗って、フミフミされることにすごく憧れていた。
ルチカはそういえばね、と切り出した。
「さっき『けいたい』から音が鳴ってたよ」
「え、ケータイから?なんだろう」
この世界では電波が届かないから、誰かから連絡が来るなんてないはずだ。(なぜかアプリは使えるが)
スマホの画面を確認すると、メールが入っていた。
『やあ、神様です。
こっちの世界のことなら安心して。フォルド君が暴れてくれたから、なんとかなりそうです』
戦争は終わっていないが、世界が滅ぶのはなんとか回避できたようだ。
メールには続きがあった。
『神様からご褒美を君にあげよう。
12月25日ぐらいに君の子供が産まれます。
楽しみにしていてください。
それでは
結婚おめでとう』
あいつ・・・・・・
色々な意味で笑いが押さえられなかった。
結婚を祝うの遅すぎないか?
ルチカが怪訝そうに俺の顔を除きこむ。
「セージ様、どうしたの?何かあったの?」
俺は口を開いた。
「ルチカ・・・・・・どうやら俺たちの子供ができるらしい」
ルチカは両手で口を押さえる。
信じられねえだろ、俺も信じられないよ。
「ほんとに・・・・・・!?」
「ああ。神様からだった」
「嬉しい!セージ様の子なのね!私、産めるのね!」
ルチカは抱きついてきた。
そのため、俺が押し倒される形になる。
種族が違うから子供ができないと思っていたが、まさか神がやらかすとは思わなかった。
俺は生まれて初めて神に感謝した。
ふと思った。
俺は自分の背中を子供に見せられる父親になれるだろうか?と。
このままでいいのだろうか・・・・・・