複雑・ファジー小説
- Re: タビドリ ( No.12 )
- 日時: 2016/10/30 14:24
- 名前: 月白鳥 ◆8LxakMYDtc (ID: HccOitOw)
白い巨鳥の姿が消え去り、観衆の塊が解れて大分経った後で、俺とラミーはそそくさと街を出た。
「……と言うことでだ」
「何が「と言うことでだ」だよ。何してるんだあんたは」
「見ての通りだ。貴様禿泣きの隧道を通るのだろう?」
ネフラ隧道をもう少し先に控えた、ネフラ山麓の陰樹林。俺とラミーはもう何度も通った、少し薄暗さの目立つ森の中には、偉そうな猫の声と俺の溜息ばかりがよく響く。
本来ならローザ夫人に「無事に出立した」と報告の一つでもしてから隧道に向かうのだが、とにかく俺達は道を急がなければならないのだ。下手に街をぶらついて商人の口上に引っ掛かるのも面倒だし、変な奴に絡まれるのも嫌だから、海岸からそのまま山に走った。
……はずなのだが、付いてきてしまった。変なのが。
「それと俺の後ろにくっ付いてくることに因果はないと思うんだけど」
「ある。禿泣きの隧道ほど良質の宝石が採れる場所はない。だが、あの場所ほど入り組んだ場所もそうはない。吾輩も禿泣き隧道は全容を知らず、確実に抜け道を知るはすでに何もかも採り尽くされた枯れ道ばかり——だぁがぁ!」
りんりんと忙しない尻尾の先の鈴、何処となく成金臭漂うヒゲ先のカール、ぽんと頭に乗っけたフェルトの中折れ帽。樫製の細い杖を手に持って、身に纏うのは上等な洋服と蝶ネクタイ。俺の胸くらいまでしか背のない、だかやけに矍鑠とした、毛並み艶やかな老白猫。
さっきから俺の後ろに堂々と付きまとい、当然とばかり胸を張っているこの彼こそは、あのリブラベッサーの船長。その名もエシラ。
まあ、船長と言っても、彼が持っているのは船酔い耐性と船の所有権だけだ。何処に行くかとか何時出航するとかは船頭が管理しているらしいから、船に彼が乗っていようと乗っていまいと船は出航する。だが、俺が言いたいのはそうじゃない。
……何でこいつ、ちゃっかり俺に便乗しているのだろうか。俺の知る限りエシラはロレンゾの雑貨屋には来てないはずなのだが、何処かで話を盗み聞きでもされたのか。
「かの宝石商の曰く、貴様は禿泣き隧道で金貨六百枚分ものエメラルドを拾ったと。質にしろ量にしろ、貴様のようなただの旅鳥(たびどり)にそれほどのものが拾える場所がある。興味深い! 実に興味深いぞ!」
と思ったら、あっさりエシラ本人からネタばらしされた。どうやら、ネフラ山麓駅に来た時に宝石を売った、あのアホ狸からのリークらしい。
宝石屋にとって鉱脈は生命線、その場所を突き止めるのに必死なのも分かるが……
「ほっほ〜ん」
「な、何だその顔と声は。隣の人魚も変な顔は止めんか」
「あんたみたいなご老体がヒョイヒョイ付いていけるようなルートじゃーねぇぞ、エシラ。旧ネフラ隧道経由『龍の頸』越えルート、あんた知ってるかい?」
「ランタン持ってないと越えられないとこばっかだよ!」
金にがめつい商人の手先が入り込めるほど、俺は生易しい道を通っちゃいない。最短経路と言うからにはそれなりのリスクが付きまとう。他方、エシラは海でこそ滅法強いが、陸でそんな道を通る根性のある男だとは聞いていない。付いていける奴だとは思えなかった。
だがしかし。
「舐めるな小僧」
エシラは自信満々だ。かん、と杖の先を少し強めに地面へ打ち付け、彼はにやりとばかり口角を上げる。
「たかだか龍の頸が何だ。鳥落としの渓の底を通るより百倍簡単だ」
「そらー商人にあの急流は厳しいだろうが、鳥落としの渓は空路以外特にリスクもリターンもない易所でね。俺だって鼻歌歌いながら通れる。けど、龍の頸は『龍の峠』の次に旅人の死ぬ難所だぜ」
「ははぁ、諦めさせたいのか貴様? だがその程度の脅迫には屈さんぞ! 揺れもしない陸路など、『南海迂路(ヴェパルディター)』を超えることを思えばマシだ!」
「…………」
全く埒が明かない。本当に諦める気はないようだ。
俺の早足にも何気にぴったり付いてくるし、微妙に治安の悪い山中にエシラ一人放り出すわけにもいかない。だからと言って、龍の頸までの道でこれに手を貸せば俺が死にかねない。
悶々と考えて、結局俺が出した結論は一つ。
「付いてくるのは勝手だけど、自分の身は自分で守れよ」
「んな!?」
「当たり前だろそんなの。俺、そんなに器用じゃないし」
自立自衛は旅人の基本だろう。
旅人が当たり前に守っている了解を言い捨て、言い返そうとしたエシラを置いてさっさと森の獣道を小走りする。待て、とか、殺す気か、とか何だかんだ叫んでいるのは聞かないふり、隣で面白がったラミーが耳まで押さえているのを横目にしつつ、俺は乱立する白樺の木の間を通り抜けた。
これで諦めてくれればいいなぁ、と、ほんのり淡い期待などしながら。