複雑・ファジー小説

Re: タビドリ ( No.13 )
日時: 2015/11/23 04:30
名前: 月白鳥 ◆8LxakMYDtc (ID: kkPVc8iM)

 ジンベエザメを縦に押し込んでもまだ余裕があるであろう天井の高さに、水牛の群れが三列で通れるくらいの横幅。足元をちょろちょろ走るのは真ん丸いネズミ達、頭上高くをぱさぱさ飛んでいるのは耳の大きなコウモリの群れ。水をたっぷり湛えた苔はまるで絨毯のよう、そこかしこに群生するキノコが暗がりを薄ぼんやりと照らし、同時に魔燈鉱(まとうこう)が辺りに白く明るい光を撒く。
 ——旧ネフラ隧道、本道。
 かつてこの龍の頸を貫かんとして掘削され始めたものの、何やら諸々の事情で放棄された、公式には未完成のトンネルだ。実際には放棄された後に宝石の採掘屋やトレジャーハンターが坑道を何百と掘りまくっているから、本当に山体をぶち抜いて向こう側に抜けている道はいくつかある。その内の一つが、俺達が渾名するところの『禿泣き隧道』と言う訳だ。
 その禿泣き隧道に至るまでは、まず本道の端まで行き当たらないといけない。

「ふむ、魔燈鉱が山のように群れているが、これは手を出さんのか?」
「前は採ってたけど、今は採ったら捕まる。地質屋が鉱脈分布の調査中なんだと」
「何ィ? そんな規則今の今まで無かったではないか!」
「俺も一昨日聞いた」

 ——と言うか、その辺りの事情はむしろエシラの方が詳しそうだけど。
 素朴な疑問を投げかけてみると、彼は若干バツが悪そうに口の端をひん曲げながら、親指と人差し指でヒゲをちょいちょいと抓んだ。

「ネフラ山系の鉱石と金属の情報は錯綜している癖に廻りが遅すぎるのだ。何処か一つの鉱脈が枯れたところで、吾輩の耳に入るまでの間にそんな些末なものは埋もれてしまう。少し掘ればまた鉱脈が見つかるからな」
「……旧道なら尚更分かんないだろーな、盗掘屋も多いし」
「そう言うことだ。吾輩のような商人は情報の被供給者としては末端に過ぎん」

 しゃん、しゃりん、と甲高い音。苛立ったように、エシラは鈴の付いた長い尻尾を左右に振りたくっていた。
 歯痒い話ではあるだろう。宝の山を前にしてそれが一欠けらたりと採れないのも、そう言う情報が即座に自分の手元へ入ってこないことも。商人にとって需要と供給の確保は死活問題だろうし、何処で何が採れて何が採れなくなったとか言う情報はいち早く確保したいはずだ。
 だが、プレシャ大陸の鉱脈の情報は宝石屋と、下請けの採掘屋が占有している。俺達旅人の噂と言う名の情報網ですら、プレシャ大陸の宝石商には敵わない。
 商人は、ヒエラルキーの底辺でしかないのだろう。

「なあ、エシラ。あんた口は堅いか?」
「……どんな状況だろうと守秘義務は守る。それが掟だ」

 考えれば考えるほど商人が不憫に思えてくる。脅しに脅しを重ね、突っぱねて尚ついてきたこの老商を、「仕方ないね」と手ぶらで帰すのは、どうも可哀想だ。
 ちょっと寄り道になってしまうが、教えとくのも面白いだろう。

「件のエメラルド鉱床、教えてやるよ」
「ほほう? 貴様が見つけたのか」
「と言うよりは、ラミーの功績だよ。なぁ?」
「そーんなご大層な〜……えへへ、えへへへ〜」

 まあ、ふらふら放浪した挙句迷子になったラミーを探してる内に偶然見つけただけだけども。その鉱床の価値をいち早く見出したのは彼女だし、そこでの収入が何かと役に立ってるのは事実だから、立てといて損はないと思う。実際、俺の傍でラミーがニヘニヘと目尻と眉尻を下げて笑いながら、魚の尻尾をぴちぴち忙しなく振り回していた。
 変なものを見るようなエシラの視線が、ちょっぴり痛い。けれどもラミーはそんなことお構いなし、俺さえ置いてどんどん先に行こうと空を泳ぐ。
 ちょっと待て、と言ってもまるで聞く耳持たず。下手に先へ行かせてまた迷子になるのも大変だし、少し足を速めて彼女の背を追った。

「何とか追いつけよー!」
「なっ、何だとぅ!? このダチョウめ、年寄りを置いていく気かーっ!」

 まあ、こんだけ元気なら大丈夫だろう。