複雑・ファジー小説

Re: タビドリ ( No.14 )
日時: 2015/11/24 21:25
名前: 月白鳥 ◆8LxakMYDtc (ID: kkPVc8iM)

「くそっ、貴様等が走るせいで地図が作れんかったではないか! 少しは老体を気遣え二人とも!」
「だけどお年寄りって言ったら「年寄り扱いするなー!」なーんて言って怒るんでしょー? だったら私、あなたのことお年寄りだなんて言わないし思わないよ!」
「むぐっ……ぅぐぐ、いけ好かない人魚だ!」

 勝手に先へ先へと這入ってしまったラミーを追い、本道の突き当りまで走って、いくつも穿たれた坑道の一番小さい中にその身を押し込め。
 禿泣き隧道の名の通り、そこは前屈みにならないと頭を削って禿を作りそうな、とても狭い洞穴だ。エシラやラミーは俺より頭一個分以上背が小さい——それもあるし、ラミーは特に宙に浮いている——から普通に通れるが、わりかし標準的な体高の俺だともう頭がつっかえてしまう。
 禿泣き隧道を掘ったのは、この辺りに住み着いているハタネズミだったか。先程本道を通った時にも作業着姿なのをちらと見かけたが、どうせならもうちょっと頑張って、後頭半分くらい天井を高くしてくれたらよかったのにと思う。
 うだうだ考えながら歩いていたら、背後からよく通る声が投げつけられた。

「しかし、暗い場所だな。魔燈鉱の一欠けらもないではないか」
「この辺りのは全部採られてるからなぁ。禿泣き隧道は色々通るし仕方ない」
「規則が無ければやりたい放題か。……分からんではないがな」

 自分も似たようにして金を得ているのだから是非もない。
 呟くようにそう言って、エシラは目をすっと細める。そして、手にした万年筆の先を一舐めすると、藁で出来たざらざらの紙を蛇腹に折って、分厚い本を下敷き代わりに何やら書き始めた。多分、さっき言っていた地図とやらを書いているのだろう。
 六十年近いキャリアの中で、世界中の商船が使う様々な航路を切り拓いてきた、その実力は伊達ではない。ロレンゾだって多少は息を切らすほどの速度で今まで走っておきながら、それまでの道を全て覚えていると言うのだから。
 しかしながら、周囲は本当に真っ暗闇だ。ともすれば、ちょっと翼を伸ばした先にいるラミーの姿さえ覚束ない。当然だが、俺にはエシラが何を書いているかなんて見えたもんじゃないのだ。猫は夜目が利くとは言え、ちゃんと見えているのだろうか。

「こんなトコで字なんか書けるのか?」
「当たり前だ、吾輩は猫であるぞ。鳥目に心配されるような目はしとらん」
「へーへーそーですか。ま、どちらにしろ灯りは点けるけどさ」

 自信満々の態度に違わず、エシラはさらさらと藁紙に何やら書き連ねていく。その姿にちょこっと悪態なぞつきながら、俺は新調したランタンを鞄から引っ張り出した。
 それを目聡く見つけて、今まで虚空を暇そうに飛んでいたラミーが、出番だ仕事だと勇んで近寄ってくる。まあ待て待てと押し留め、ランタンを仕舞っていたのと同じ鞄から魔燈鉱の欠片を出した。
 大体エシラの掌と同じくらいの、相場では結構大きい部類に入る純度の高い結晶だ。だが自然に光る期間はとうの昔に過ぎ、今は手を加えないと光らない。そうと知ってか知らずか、少し後ろの方でエシラの驚きと羨望と時々嫉妬の視線を感じるが、気づかないふりしてランタンの中にそれを転がし、手渡した。
 ——魔燈鉱は、ある種の超常的な力と呼応する。そして幻獣たる彼女は、それが他より多い。
 することと言ったら、もう一つしかない。取っ手の部分をちょっと差し出すと、彼女はそれをほとんどひったくるように受け取った。

「うぇー眩しい眩しい。ちょっと抑えろ」
「はぁーい……んうー、最近あんまり魔法使ってないよー暇だよー」
「あーあーはいはい分かった分かった」
「二つ返事しかないよエディ!?」

 ラミーがランタンの取っ手に手を触れた途端、鉄製のランタンの中で、魔燈鉱が真っ白に光った。
 狭苦しい坑道の隅々、ちょっと後ろでビックリしたように耳を立てているエシラの毛の一本一本まで、どこか冷たいものを帯びた光が照らし出す。
 彼女の力を借りると、どんなに小さくて純度の低い結晶でもこれくらいの光を出すようになるのだ。彼女が調子に乗った時など、ややもすれば小さい石は粉々に弾けてしまう。人魚姫が一体どれほど強い力を持っているものか、それだけでも察せられると言うものだろう。
 けれども、それをエシラが知るはずもなく。チリチリとひっきりなしに鈴の音を響かせながら、老猫は驚きと興奮に尻尾を目一杯膨らませていた。

「き、貴様……っ!」
「あややや、そんな怖い顔しないで! 傷付けないよ!」
「そっ、そ、そんな力を持った奴が、何故こんなダチョウ風情と……!?」
「うぅ、嫉妬はやだなぁ」

 竹軸の万年筆を圧し折らんばかりに握り締めたエシラと、ランタンを提げて困ったような顔のラミーと。全然会話が噛み合ってない。
 そうして「何で」「どうして」の呪詛を背中で聞きつつも、俺達は早足。そして、愕然とした表情のまま、ぽてぽてと間抜けた足音をさせてエシラもついてくる。その姿は中々滑稽だ。
 ——それにしても、首が痛い。ずっと頭を下げているのもあるが、今日はことにエシラがぎゃんぎゃん煩いから精神的に凝り疲れた。

「首痛ぇ……でもまだだよなー……」
「そうかな? 半分くらい走ってたし、いつもよりすごく早いと思うよ」

 ほら、もう天井が高い。
 楽しそうなソプラノと、しゃりん、と一度響く銀鎖の音。同時に、ラミーが手にしたランタンの灯りが、今までの何倍も広い洞穴を照らし出した。そろりと首を上げてみれば、もうヘルメットが天井で削れることもない。ちょっと気張って翼を目一杯広げても、ぶつかることはなかった。
 ラミーにしてみれば随分早い到着だったようだが、俺には割と長い道行きだったように思う。
 けれども着いたのは着いたのだ。思わず溜息を一つついていると、またエシラの声が投げられる。

「どうした?」
「嗚呼、そう言えばあんた知らないんだったな。……着いたぜ、例の」

 ぐるりと見回す。それに釣られたかのように、のそのそ坑道から出てきたエシラも首を思い切り巡らせて、ほぉ、と嘆息していた。同時に、演出とでも言うのか、ラミーが手にしたランタンの光量を下げる。
 途端にものの輪郭すら曖昧になっていく中で、半円状に掘られた壁の形を浮かび上がらせる、青緑色の淡い光たち。石の壁に埋もれ、それでも尚存在を主張する六角柱の石は、俺が資金稼ぎに拾い集めてきたエメラルドだ。
 しかし、普通の光らないものとは違う。

「魔燈鉱入りエメラルドの鉱床だよ」