複雑・ファジー小説
- Re: タビドリ ( No.15 )
- 日時: 2016/10/30 14:31
- 名前: 月白鳥 ◆8LxakMYDtc (ID: HccOitOw)
魔燈鉱入り貴石。
宝石商、特に魔法使い相手に商売している商人にとっては、喉から手が出るほどに需要の高い、だが目ん玉が飛び出すほどの希少品だ。
魔法は全くのからっきしだから原理は良く分からないが、とにかく魔燈鉱と普通の宝石が一緒になると、光るしか能のない魔燈鉱が色々な魔法の媒体になるのだと言う。例えば、ラミーが水を呼び寄せて雨を降らすようなことを、魔法使いは魔燈鉱入りの宝石を媒体にして起こすのだとか。
——そう言えばあの老白猫も、魔法で雷を落とす時には、黄色く光る石の嵌った杖を掲げていた。杖の先に全身の羽毛が逆立つほどの稲妻を溜め込んでいたのは、どうやら光る石の力だったらしい。
そしてエシラは腐っても商人、一帯に埋もれた魔燈鉱入りエメラルドを目にして、ヒゲをビヨビヨと震わせている。
「なな、何だこれは。そこら中が、嗚呼っ、どこもかしこも!」
「そんなに興奮することなの? 海の底なら沢山あるよ!」
「馬鹿者ッ、ここは地上だ馬鹿め! こ、こんな、エメラルドと言うだけで珍しいと言うに……魔燈鉱入りなどと、そんな馬鹿な!」
馬鹿と二回も言われてラミーがしょげた。が、すぐにエシラを見て機嫌を直した。
何しろ物凄い興奮っぷりだ。さっきまでの比ではないほど尻尾をモコモコに膨らませ、鈴が千切れ飛びそうな勢いでぶん回して、大きな耳はピコピコとやかましいほど動いている。瞳孔開きっぱなしでクリンクリンの真ん丸なのが何とも猫らしい。
ステッキを突いていることなんかすっかり忘れ、へぇーほぉーと感嘆を入れつつ、何処か幽鬼じみた覚束ない足取りで老猫は洞穴を歩き回る。てっきり有り余る商人根性のままに、手当たり次第毟り取るのかと思いきや、今はもう感極まってそれどころじゃないらしい。そして、そんな有様が何とも微笑ましいというか、最早面白い。
思わずラミーと顔を見合わせて、肩を竦めあう。もう少し好きに歩かせておこうか、と目配せして意見を一致させた。
その直後。
「フギャァアァア——……ッ!!」
そこら中の石の一つ一つさえ震わさんばかりの悲鳴が、脳味噌までガンと揺さぶった。
「どうした?」
「あ、あれっ、あれはッ——!」
何事かと駆けつければ、面白いくらいに膝を笑わせながら、坑道の突き当りを指さして首をぶんぶん左右に振っている。そこら中で光る魔燈鉱の光に照らされた白猫の横顔は、薄暗い中でもはっきり分かるほど強張っていた。
目を凝らしても、岩の壁があるばかりで異常は見当たらない。ランタンで壁を照らして見ても、つるりとした岩が積み上がっているばかりだ。確かに他の壁とはちょっと岩の質が違うし、やけに整然と積み上がっているようだが、触ってみても石以外のものとは思えなかった。
お化けでも見たのか、と茶化して問えば、そんな生易しいものじゃなかった、とエシラは力一杯叫ぶ。
「あ、ありゃあそんなものではない! あれは、わ、わがっ、吾輩を……!」
「ビビりだなおい。船長のくせに」
「だっ、黙れ! 今のは本当だ、ほれェ!」
「うぐぐッ!?」
よっぽど恐ろしいものを見たらしい、クチバシを両手で引っ掴まれ、ぐいぐいと強引に壁の方へ顔を向けさせられた。
俺には相変わらず壁にしか見えないが、この偉そうな老猫が実力行使までして怖がるのだから、まあオバケ以上に物凄いものをこの壁の向こうに見たのだろう。分かったから掴むな、と白猫の手を引き剥がして、俺はエシラからそっちに身体を向けた。
そこまでして、エシラは恐怖と怯えのピークを振り切ったらしい、今だ、今こそ、とうわ言のようにぶつぶつ呟きながら、壁を指さして固まってしまった。
一秒。二秒。三秒。俺の耳に届くのは、ぼそぼそとした声と、時たま頭上から降ってくる銀鎖の涼しい音。壁はいつまでも静かなままだ。
「やっぱり」
ただの見間違いだったんじゃあ、と言いかけた口を塞ぐように。
ぐらり、と、洞穴全体が、微かに揺れた。
「!」
一瞬、壁が蠢いた気がして、微震に逸れかけた気が再び壁に向く。気になって横目に見れば、エシラなどは端から壁以外興味がないらしい、眼をかっ開いて立ち尽くすばかりだ。
ぐらぐら、と少し大きな揺れ。
同時に、俺の目は確かに——壁が生き物のように動いたのを見た。
ぎょっとして、思わず隣のエシラを睨む。肝心の彼は俺を一顧だにしない。
「エシラ」
「だから、だから言ったであろう。これは、これは……」
半分魂の抜けたみたいになって、壊れた人形みたいに首を振り続けるエシラ。その口から呪詛のように漏れる、掠れながらも芯の通ったその声を、再びの蠢きが遮る。
ごぉん、と、何処か遠くで地鳴りの音。がらがら、と何処かの崩れる音も聞こえる。けれど、そんな不安を煽るようなものさえ、次の瞬間脳裏にまで焼き付いた翡翠色の光に、意識の何処か遠くに追いやられてしまった。
——何時の間にか、俺は見つめられていた。