複雑・ファジー小説
- Re: タビドリ ( No.29 )
- 日時: 2016/01/05 12:50
- 名前: 月白鳥 ◆8LxakMYDtc (ID: XNP8xyMx)
爆音。
地震。
崩落。
「エディ——」
「馬鹿っ、近寄るな!」
「離れてッ!!」
断片的な記憶。浮かんでは消える瞬間の光景。目の前は、暗闇。
頭の中でわんわんと反響し続けている重低音は、俺の記憶にこびりついた音なのか、それとも今まさに聞こえているものなのか。今全身を巡っているのは、血なのか、熱なのか、痛みなのか。
身体は今どうなっている? 地に伏しているのか、宙に浮いているのか、水に沈んでいるのか。
分からない。掴めない。あらゆる感覚が虚実混ざり合って、意識まで夢と現の境を彷徨う。
それでも、生きていると言う確信だけはある。
「俺、まだ……」
死んだなら、こんなに痛いはずがない。
死んだなら、こんなに暗いはずがない。
脳裏に焼き付いた死とは、こんな——
「何ブツブツ言ってるのエディ、死んじゃ嫌だよぅ!」
「ぶべッ!?」
こんな、口うるさい涙目の人魚に出迎えられるものではないはずだ。
「ラ、ラミーさん、怪我してるんですからほどほどに」
「だって、だってエディってば! エディってばぁ……」
「突然のことで混乱してるだけですから。怪我自体は軽いですよ」
「軽いわけないっ!」
事情は知らない。
だが、突然頭上から物凄い轟音が響き、火葬場にしていた洞穴の天井が崩れ落ちてきて、俺やルディカ、それにラミーと諸共瓦礫に埋もれたことは、俺の実体験として語ることが出来る。とは言え、俺自身正直一瞬のことで、崩れた瞬間のことはほとんど説明できないが。
何処がどんな怪我をしたのか俺自身にも分からないほど、全身ぶつけたり切ったり擦ったり。右の翼は折れてしまったようで、曲げようとするとそれだけで意識が持っていかれそうなほど痛む。何処の馬鹿が無理やり引っ張ったのやら、尻尾の羽が数本抜けて尻まで痛い。
自分で認識するのが——まなじ、一緒に巻き込まれたルディカは軽傷なだけに——嫌になるような満身創痍っぷりだが、生きて意識があるだけマシだと思おう。
「そんなに泣くなよラミー」
「だって、だってエディ、羽折れちゃってるんだよ」
テントの一角を拝借して身を休めつつ、傍でえぐえぐと嗚咽するラミーに声を掛けた。どうやら、俺の意識がなかった時からずっとこの調子だったらしい。
痛い思いをしているのは俺の方なのだが、さっきから声を上げて涙を流しているのは彼女の方だ。何だか俺の方が申し訳なくなってきて、続きの言葉を投げかける。
「この程度の怪我、今までだって何度かあっただろ」
「今までで一番酷いよ馬鹿ァっ」
「そんなこと無いって。痛いだけだこんなの、すぐ直る」
ラミーが旅に同道する前なら、首を捻挫したことだってあるし足を折ったこともある。だからと言う訳ではないが、俺にとって腕の骨折だの全身打撲だのと言ったものは、彼女が心配するほど大変なものじゃない……と、説明したところで彼女が納得しないことは何となく予想できる。
ちょっとどころじゃなく結構痛いが、両足をしっかと地面に付けて身体を起こし、立てるくらいだし平気だホラ、と念押しして、無理やり納得させた。それを裏付けするかのように、傍に座り込んで杖の具合を確かめていたルディカもすっくりと立ち上がる。
崩れ落ち、ぼこりと凹んだ洞穴を傍に、西明かりを残すばかりとなった空を仰いで、ルディカはギリリと口の端を噛んだ。
ぢりり……と、呼応するように杖の先の柘榴石が激しく炎を上げる。金属の糸を擦り合わせたような鳴き声が聞こえたのは、多分幻聴ではないだろう。
「調子に乗りやがって……」
ルディカは他に聞こえていないと思っていただろう。
だがその激しい怒気を孕んだ声を、俺達はしっかり聞き取ってしまった。
「俺達、ここで待ってた方が良いかい? 足手まといになりそうだけど」
「いえ、手伝っていただけますか」
心臓が凍えて縮みそうなほどの、激情。それは純粋な怒りだ。
何に対しての怒りか、予想はつく。だが、想像を絶するほどに激しい。
立ち尽くす俺達を、瑠璃色の目は静かな色を含めて射貫いた。
「これ以上の犠牲は出せません。けれど僕は、父と同じ轍を踏む気もない」
——僕は僕のやり方で、皆の盾となり剣となる。
誰に向けたものでもない、自分にだけ向けられた、決意。
俺が、何か言えるはずもなかった。