複雑・ファジー小説
- Re: タビドリ ( No.52 )
- 日時: 2016/06/08 13:59
- 名前: 月白鳥 ◆8LxakMYDtc (ID: wO3JvUoY)
「むむ、むむむー……こっち! やった! あっがりー!」
「ぇえい畜生ッ! 何でェ手前、何時からそんなカード得意になりやがった!?」
「ふふーん、私ちっちゃい頃からトランプ得意だもーん。ジョーカーがどっちかー、なんてちょろいちょろ〜い。——あっ、エディ!」
ペトロから貰った野菜山盛りのパンと牛乳を片手に階段を昇り、俺が寝ていた部屋を通り過ぎて、廊下の突き当りへ。わいわいとトランプを嗜む声の聞こえる部屋で立ち止まり、古い扉をそっと開けると、真っ先にラミーがその音を聞きつけた。
ずるい美味しそう、と、俺の手の野菜サンドを見て頬を膨らませるラミーを曖昧に制しつつ、部屋に上がりこむ。どうやら二人は床の上でゲームに興じていたらしい、毛足の長い絨毯の上には古いトランプがまき散らされ、銀貨や銅貨がその合間に埋もれていた。
……二人して賭けトランプとは、中々に高尚と言うか、贅沢な暇つぶしだ。状況的から察するに、ラミーが勝ってるっぽいのがちょっと気になるけど。
「すまんね、ラミーの暇つぶしに付き合わせてさ。負けた分の損失がデカいなら補填するけど」
「ンなこと気にすんなィ、俺が勝手に舐めてかかって叩きのめされたってだけだ。ローザにゃ素直に怒られとくよ」
ぱたぱたと尻尾で軽く床を叩き叩き、胡坐を掻いて背を丸めたロレンゾの表情に、何ら後ろめたいものはない。
だが、俺は九割の老婆心と、一割の悪戯心を以て続きを投げた。
「いや、怒られるで済む損失なら良いけど、結構負けたんじゃないのか? 雑貨屋のそこそこ上客に賭けトランプ挑んで負けたなんて、流石にあんたでも申し開きできねーだろ」
「——それよりエド、手前、人魚ッコが十回起こしても起きなかったんだってな?」
誤魔化したってことは、夫人に一から十まで喋って怒られようってことなんだろうか。……ロレンゾがそれで満足ならいいけど、何か反応に困るのは何故だろう。
まあ、当人も正直あんまりこの話を続けたくなさそうだ。素直に話題をすり替えられておいた。
「あー、ぁー。ずーっと寝ててさっき起きた。最近は野宿と混乱続きで疲れてたし」
「はははッ、あんな物騒な森の中で狼に追われちゃァ敵わんだろ!」
高らかに大笑を一回。絨毯の上に胡坐を掻きなおし、尻尾の先をたしたしと床に叩き付けながら、ロレンゾの眼はまっすぐこちらを見てくる。あんたにしてみれば軽傷かもしれないが、と言葉を投げ返せば、そんなことはないと彼は肩を竦め、やおら床に手をついて立ち上がった。
あれれ、ととぼけた声を上げるラミーには横顔だけで笑い、ロレンゾは部屋の隅に放り捨ててあった荷物を手に取る。まあ、荷物なんて腰から下げているポーチくらいしかないのだが、とにかく奴の探し物はその中にあるらしい。その場でごそごそとポーチの中を漁り、何かを引っ張り出した。
人魚ッコやい、と一声。ランタンの光で照らされる下に、細長い棒のようなものが放り投げられる。それは狙い過たずラミーの手元へと吸い込まれ、彼女は音を立てないように両手で受け止めた。途端、人魚の顔がやや思案の色を帯びる。
ラミーが海色の眼で見つめる先には、枇杷の木で出来た古い簪(かんざし)。彼女の両手からちょっとはみ出すくらいの、結構華奢なものだ。
——いや、形と材質的には小型の魔法杖といった方が正しいだろうか。お伽噺に読まれる“二蛇杖(カドゥケウス)”よろしく、月長石に蛇が絡みついているような意匠が施されていた。モチーフはややおどろおどろしさが否めないけれども、繊細で典雅な彫りだ。
しかしまあ、ラミーの表情がいつになく曇っている。魔法のことはあんまり勉強したことがないが、ラミーの表情が若干困った風なとこからして、魔法の杖としては役に立ちそうもないのかもしれない。
なんて予測は、すぐに的中した。
「ロレンゾさーん、これダメだよぅ」
「ダ、ダメっておいなァ……手前、ちったァ憚れっつの」
「だってホントだもん。所有印が割れてたら魔法道具じゃなくなっちゃうよ。……私、もっともーっと遠慮なく聞くけど、ロレンゾさんこれ踏んだか曲げたでしょー? そうじゃなくっても、ポーチの中に入れっぱなしにしてたでしょー」
そして漂う沈黙。
ロレンゾの方は、露骨に動揺して視線をあらぬ方向にすっ飛ばし、尻尾をくるくるとカメレオンのように巻いている。トカゲは目と尻尾で語ると言うが、こんなに分かりやすく「図星」って感じの態度する奴、こいつくらいのもんだろう。
対するラミーはと言えば、手の中でくるくると小さな杖を回して様子を見ながら、たまにチラとロレンゾをジト眼で睨んでいる。当人としては割と本気で怒ってるんだろうけど、ちっちゃいラミーじゃ威圧感も形無しだ。
「……魔法道具つってたな。ペトロに修理頼むか?」
「んみゅ。ロレンゾさ〜ん、修理代は自腹だよー」
「!!」
とどめの一撃。
分かった、分かったよ、とやけくそ気味に声を張り上げて、ロレンゾはポーチを丸ごと俺に投げて寄越した。大きさはそんなに無いってのにやたら重たい。一体何が入ってるってのやら、と首を傾げてみたものの、あえて中身をのぞき見する野暮をしようとは思わなかった。
散らばったトランプを拾い集めるラミーを呼び寄せ、行きたくなさそうな顔で明後日の方を向いているロレンゾを一瞥。目が合ったのを慌ててそらし、俺は再びペトロの元へと降りるのだった。