複雑・ファジー小説

Re: タビドリ ( No.59 )
日時: 2017/01/11 03:30
名前: 月白鳥 ◆/Y5KFzQjcs (ID: bEtNn09J)

 ひび割れた岩を全身に貼り付けたような風貌をした、ワラの蓑とトウヒの杖を持つ矮躯(わいく)の老人が、『財と子の防人(スプリガン)』。
 ほんの手のひらくらいの小さな弦楽器を抱え、俺の足元やら背中やらで好き勝手に弦を爪弾いている小人達が、『そっくりさん(フェッチ)』。
 者どもを従え、いかにも偉そうな風体でその辺をぐるぐると歩き回る男の妖精が、『小さき者の王(オベロン)』。
 そして、少し引いたところから彼等の有様を生暖かく眺めている、引きずらんばかりに長い黒髪とエメラルド色の目をした女性が、『妖精王の妻(ティターニア)』。
 その総数は……ざっと見ただけでも二十はいる。そのうちの九割以上はオベロンとティターニアの来臨に際した単なる賑やかしなのだろうが、それでも今までに類を見ない数だ。そも、いっぺんに守神を二桁以上も出せる魔法使いなんて初めて見る。
 最終調整ということなのか、立ったまま小さい金槌で台座を叩き、その音に耳を澄ます技工士を、俺はただただ見ていることしか出来ない。

「んーん。匂う、匂うぞ旅の者。海の匂い——吾(わ)の手の届かぬ深みの匂いだ」

 そんな、ウドのように意味もなく突っ立ってばかりの俺の周りを、からかうようにオベロンがのし歩く。そして、子犬のように鼻を利かせては、いかにも面白そうに肩を揺らした。ラミーと別行動を取って随分時間が経っているはずだが、どこにそんなものが残っていたのだろう。
 ……それとも、俺ってそんなに臭いんだろうか。
 どこかで一度水浴びでもしたほうが良いのか、なんて悶々と頭の片隅で考えながら、とりあえずオベロンには言い返した。

「メロウの姫君が長らく従者でね。もしかしたらそのせいかも」
「メロウ……? 泡沫の姫君!」

 勢いよく両手を打ち合わせ、オベロンは萌葱色の目を輝かせた。知り合いか、と語尾を上げてみれば、姫君と直接会ったことはないが、と前置きが一つ。姿の割に低い声が続く。

「泡沫の姫の父上とは親交があってな。海蚕(ウミカイコ)の糸で布を織り、フィッチどもに服を仕立ててくれておるよ」
「海蚕って、雨合羽とかの布か。……まあ人魚姫の父君らしいっちゃらしいけど、漁師の領分だろ? ラミーの父君がそんな、泥臭い仕事してるなんて聞いてねぇぞ」
「あー、おおよそ四十年がとこ前か。母上と婚姻なされたとき、公には辞めたことになっておるのさ。しかし、現に仕事は今でもやっておるし港町にそのための小屋も残っている。今日連れてきたフェッチどもの上っ張りも皆これだ」

 早口にオベロンはそう言って、俺の背にたむろしているフェッチたちへ、そうだろうと一声問いかける。うんうんそうそう、と彼等は一様に頷いて、ケープかポンチョのような形をした上着をひらひらと揺すってみせた。
 光沢のある色とりどりの布地に、どうやったらあんな細かい仕事が出来るのかと聞きたくなるほど精緻な刺繍。森の守神なのに手製の貝ボタンや珊瑚の飾りを付けているのが、いかにも漁場の職人らしいと言うべきか。
 思えば、ラミーから“お父様”の話は聞いているものの、実際に会ったのは初対面のときの一度きり、それも随分改まった格好のときだけだ。もう父君と対面してから三年も経っているし、今改めて会いなおすのも、それはそれでちょっと楽しいかもしれない。

「そーかい。ならオベロン、父君の仕事場って何処だい? 会ってみたい」
「ん? そうか、お前は場に縛られんものな。嗚呼、そう、今はヴェッサール大陸のシーフォレストなる町にいるらしい。何でも、ウミカイコの住んでる藻場(もば)が減っているとかで、直々に様子を見に行っておると。文でそう書いてあったから間違いはあるまいて」

 何処となく面倒くさそうに、片手を上下にひらひらさせるオベロン。ふいとそっぽを向いた萌葱色の目の奥には、好奇心とそれを満たせない不満が交互に顔を出している。……妖精王といえど、悪戯好きで知りたがりな森妖精の性は変わらないってことか。ラソルと一緒だ。
 それにしても、今日は人に出会う度予定していた旅程が崩れる。またしても日程と予想を突き崩して変更しながら、ややおざなりに礼を言っておいた。
 構うものかよ、とオベロンは肩を竦める。

「彼奴の話は面白い。お前も中々面白い。面白い奴二人を引き合わせたらどうなるか、奔放に想像するもまた一興よ」
「虚しくねぇ?」
「おう。吾には妻もおるし、ドリュアスやフェッチどもは何千の時を経て尚奇想天外極まりない。ふと退屈になることはあろうが、虚しさなど感じておられんよな」

 くつくつと喉の奥で笑声を噛み潰し、にんまりと猫のように目を細めて、その顔は部屋の出入り口へ。
 つられて俺もその方へ目を向け、佇むティターニアの目と、しっかり目が合った瞬間——

「『夜星の森精(レィールタ)』!」

 聞き慣れた声と、初めて聴く声が、同時に一つの名を呼んで、

「あら? 貴女達……」

 声色に驚きを含めた女王が、振り返る暇もなく、

「おっひさー!」
「はじめましてー!」

 二人の女の子が、同時に彼女へ飛びついた。
 ほらな、と得意げなオベロンの声は、きっと聞き間違いじゃないだろう。