複雑・ファジー小説

Re: タビドリ ( No.9 )
日時: 2016/10/30 02:44
名前: 月白鳥 ◆8LxakMYDtc (ID: HccOitOw)

 ベルト、コンパス、革の鞍。枠の凹んだランタン、雑巾同然の風呂敷、貨幣の零れそうなサイフ。縫い目のほつれたヘルメット、今にも千切れそうな古いゴーグルに、柄のないなまくらナイフ。
 「禿泣き隧道を超えるなら装備はちゃんとしろ」と言われ、半ば追剥同然に引っぺがされて、山積みになった俺の装備品。あんまり気にしてなかったのだが、よく見てみれば、なるほど確かにもう買い換えるか修理した方が良いものばかりだ。だからと言って、いきなり飛び掛かって身ぐるみ剥がなくても良かったんじゃないのかとつくづく思う。
 しかしながら、此処はやっぱり性なのか。先程までのヘラヘラしていた好々爺は何処へやら、至って真剣に状態をチェックしているロレンゾへ、そんな本音は何だか言いにくかった。

「柄がないだけかと思ったら刃も潰れてんじゃねぇか。ベルダンの鍛えたナイフの刃ってこんなに潰れるもんかね」
「え、それベルダンが元なのか? 露店市で二束三文だったぜ」
「ははァ……練習台のナイフが手違いで流れたんだな、じゃあ。銘が無けりゃどんな所でどう売ろうが誰も文句言えん。だが、二束三文の安物って割には、結構良い品だったはずだ」
「嗚呼、まあ、うん?」

 ロレンゾの言葉に思わず声が高くなる。
 買った時から妙に使いやすいとは思っていたし、何だかんだ言って半年は使っていたナイフだ。一か月サイクルで買い換えていたことを考慮すれば、結構性能のいいナイフだったのだろう。だが、使っていた当時は特別凄いとは思わなかったし、ましてやベルダンの作品だとは予想もしていなかった。
 でも頑丈だったなあ、とか、そう言えばこれで野良オオカミと格闘したこともあるなぁ、なんてぼんやり考えていたら、ロレンゾが手にしていたナイフの刃をぽいと投げた。
 明後日の方向に飛んでいったナマクラは、磨き上げられた木の床に跳ね返されて、虚しく転がる。刺さるほどの鋭さも最早ないらしい。

「総とっかえだな、こりゃ。結構金が掛かるぞ」
「おう。支払いなら任せろ」

 金ならある。
 この街に入った時、表通りの宝飾店に一年間溜め込んでいた宝石を半分ばかり売り払ってきたのだ。鉱石類の需要引く手数多のこの街なら家一軒に庭を付けても買えるくらいの値段で引き取ってもらえる。今回は店主の気前が良くて倍に膨れた。
 財布の中には金貨が六百枚。積み上げられた装備を全部新品にして、それを全部ロレンゾの言い値で買ったとしても、おつりが出るだろう。
 自信満々に言ってやったら、ロレンゾはちょっと気圧されたようだった。

「手前、何時からそんな金持ちになった?」
「旧隧道の方でエメラルド鉱床を見つけたんだ」
「!……馬鹿。声がでけぇ」

 ロレンゾは落ち着かない表情。ちょっと後ろを見ると、客が数人、信じられないと言いたげな顔で書斎に居る俺達の方を覗き込んでいる。それ本当か、と尋ねてくる奴も居たので、でも屑石ばっかだし枯れかかってた、一時間探してもそれだけだった、と嘘を吹き込んでおいた。
 本当は十分歩けば最上級品が両手一杯に拾えるのだけど、それを言ったらあっという間に採り尽されるだろう。ネフラ山麓駅の宝石商と採掘屋の貪欲さは、時折軽蔑したくなる。
 なんだぁ、と少し残念そうに呟いて離れていった灰色の犬を見送り、ロレンゾの方に向き直ると、彼は机の影で小さく親指を立てた。

「今度原石よろしく! 約束だぞ!」
「断る!」

 全力で突っぱねておいた。