複雑・ファジー小説

Re: 茜の丘 ( No.4 )
日時: 2015/03/31 01:30
名前: 西太郎 (ID: 8topAA5d)

【第二話】(人称あやふやだったんですが、ここから三人称になります、申し訳ありません!)

「へえ、君、ここの村の人なの! 丁度道に迷ってお腹ぺこぺこだったんだ。良かったら、村に案内してもらえないかな?」

淡い黄色の光がこの槐という茜人の着物の袖口から溢れてくる。その光は迷わず沈丁の傷口へ染み込んでいき、彼はぎょっとした。絶えず流れていた血があっと言う間に止まり、あろうことか傷口さえ塞がっていく。

(治癒術なんて、村の誰にもできないのに……!)

治癒術というのはかなり高等な妖術だったはずだ。町からたまに来るお医者さんだって、すぐに傷を治すような術は扱っていなかった。
しかし見た目は完璧に元通りになったが、傷口だった部分の皮膚が引きつっているようで正直まだ痛い。
拭いきれない違和感に唇を噛むと、ぺらぺらと話し続ける茜人はそれに気づいてやはり袖口から包帯を取り出した。

「まあ私の治癒術も完璧ではないからね。しばらくはこれで固定しているのがいいだろう」

慣れた手つきでくるくると真新しい包帯を巻かれて、手当は完了した。

「この村だって結界は貼ってあるだろうに、なんで外に出たんだい? 親御さんも心配してるよ、早く帰ろう。後よかったら私にご飯を」
「心配なんか、してない」
「うん?」
「俺の親は、親じゃないんだ。心配なんかしねーよ。それより茜人さんだろ? 村長に言えばご馳走が出てくると思うぜ。村長の家はここからまっすぐ行ったら大きなお屋敷があるからそれ。じゃあ、またなっ」
「えっ、ちょっと、君!」

唇を噛み締めて俯いたまま、村の方向へ走り出した。しばらく踏みならされていないちくちくした雑草の上にいたからだろうか、裸の足がなんだかこそばゆい感じがする。大人に優しく接してもらうのは沈丁にとっては初めての体験で、どうしても心が処理しきれずにいた。
村に案内したところで、案内した坊主がこのような根無しではあの心優しい茜人にとっても屈辱だろうと沈丁は思った。自らで恩を返せないのは心残りだが、村長の家は示したし、お腹を膨らませて帰れるだろう。

そう思って走り出したというのに、槐という茜人は大人しそうな外見からはとても考えられないような速さで追ってきた。

「追ってくんなよお!」
「まっ、待って待って! ねえ!」

包帯で腕ごと肩を固定されているせいで腕が触れず、思うほど速く走れない。なんとかならないかともたつきながら走っているうちに、道に転がった小石に気づかず顔面から派手に転ぶ羽目になってしまった。

「うわあぁっ!」

ズザザッ、グシャッ!
普通に転んだだけではここまで変な音はしないだろうに、それでも沈丁は呻きながらも痛いとは言わない。
小石にぶつけた小指が痛い、砂利に擦れた眉間が熱い、しかも槐がゆっくりと近づいてくる気配がして、先程アヤカシに襲われた時よりも悔しいような思いがしていた。

「ほらあ、余計に怪我を増やして……君の家を教えてくれないかい? もう一度手当をしてあげるよ」
「いや、もうほんとに勘弁してくれよ……」

正直追いかけるほどの理由がわからない。無駄に走ったり、悔しい思いをさせられたり、村人に日常的に受けるものとはまた違った何かが、沈丁にこの言葉を口走らせた。

「俺は、根無しなんだよ!」