複雑・ファジー小説

Re: Subterranean Logos【オリキャラ募集中】 ( No.13 )
日時: 2015/09/11 01:02
名前: noisy ◆.wq9m2y9k. (ID: sFi8OMZI)
参照: http://www.kakiko.info/bbs2/index.cgi?mode

 五科の事務所は厭に張り詰めた空気に支配されていた。五科の長は、また口が裂けるのではないのかという程に、大口を開けて電話口で大声を発している。気まずそうにデスクに向かう二体のオートマタは口を噤み、それぞれ与えられた仕事をこなしていた。

「ターナ、進捗はどう…? 」
「…進まない」
 何時もはマシンガンのように口数が多いミッターナハツゾンネも今回ばかりは静かに、言葉短く相方のオートマタの問いに答えた。問いをぶつけた方のオートマタもそうだろうな、と小さく頷く。彼等の仕事の進捗を害する程にクレメンタインが荒ぶっている理由、それはオートマタのオーダルトに必要な資材を確保するために、地上のお偉方に予算請求をしているのだが、答えが出ない事に辟易しているのだ。無理なら無理と返答をすぐに寄越せば、彼女は荒ぶる事はない。はっきりせず保留されるのが嫌なのだ。でなければ次の一手を画策する事すら出来ない。

「二科長も無責任だよねぇ」
「まったくだぁ…」
 小声で言葉を交わす彼等を傍目に、クレメンタインは啖呵を切って受話器を叩き付ける。ビクッと跳ね上がる二体を横目に、クレメンタインは溜息を吐く。

「大声出すと疲れるな…。年か? 」
 一人ごち、机に伏せるクレメンタインをやや気後れしたような表情を浮かべて見つめる二体のオートマタ。何ともいえないシュールな光景が事務所の中に広がっていたが、それでも空気は一向に和らぐ気配はない。

「どう思う。やってもいないのに出来ないだと。下っ端の事務官共の判断だけで物事を進められると思ってるに違いないぞ。上の連中は」
「ムカつきですか? 」
「あぁ…。……ウシオ、コーヒー淹れてきてくれ。いつもと同じでいい」
 ウシオと呼ばれたオートマタはそそくさと立ち上がると給湯室へと向かう。コーヒーの香りが微かに漂ってきたが、クレメンタインはそれを気にする様子もなく、伏せたまま悪態を付いていた。

「ターナ。お前、戦場でペチャクチャ喋ったら奴も寄ってくるんじゃないか? 」
「デコイは勘弁して欲しいなぁ」
「そのまま全損してくれりゃ、修理費も掛からなんだ。それに静かになる」
「ひっどい」
 目が据わった彼女が言い放つ冗談は、どうも冗談だと思う事が出来ず、ミッターナハツゾンネは困惑した表情を浮かべながら、机に片肘をついた。このままクレメンタインを喋らせ続ければ、空気は和らぐに違いない。

「第一私が全損して破棄されたら、困りますよ? 」
「…需品担当は私とウシオだけか」
「ね? 」
「割といけると思うが。お前、仕事遅いし」
「ひっどい」
 他愛もない会話というのは矢張り重要だ、少しずつ和らいできた空気にミッターナハツゾンネは内心ほくそ笑む。自分を道化にする価値がある。このお喋りな自我に感謝しつつ、何の気無しに給湯室を見遣ると、マグカップを手にウシオと呼ばれたオートマタが向かってきている。ナイスタイミングだと、思わずガッツポーズしそうになるミッターナハツゾンネだったが、それをなんとか抑える。

「サックウェルさん、どこに置いておけばいいですか? 」
「あぁ…。適当に置いておいてくれ」
 とは言うものの、今のクレメンタインの机はお世辞にも綺麗とはいえない。様々な帳簿が山積みになり、書類が彼方此方に散らばっている。普段は綺麗なのだが仕事が立て込んできたり、他アガルタの調達要求資料、予算請求資料、その他実績資料を漁り始めるとこのような惨状になってしまう。何やら嫌な予感がミッターナハツゾンネのICチップの中を過ぎる。

「ウシオ、帳簿の上に置こうなんてするなよ」
「え? まぁ、うん」
 今の返答の限りでは、その上に置くつもりだったのだろう。書類の山を乱雑に退かしながら、空いたスペースにマグカップを置いた。ほっと胸を撫で下ろしながら、ミッターナハツゾンネは安堵の笑みを浮かべた。

「お前等も少しリフレッシュして来い、朝からずっと書類仕事なんて気が滅入るだろ」
「…オートマタに疲労はないですよ? 」
 そう笑顔でウシオと呼ばれたオートマタは返答して見せた。相反して、ミッターナハツゾンネの表情は引き攣っている。

「そうか、私の分も仕事するか? 」
「遠慮しておきます」
「早いなー、ウシオ」
 内心、ニヤニヤが止まらないミッターナハツゾンネだったが、笑みを浮かべないように必死耐える。

「その早さを上の連中に分けてやれよ。——ほら、一服して来い」
 そうクレメンタインに促されるなり、ミッターナハツゾンネは立ち上がり、ウシオと呼ばれたオートマタの首根っこを掴む。無抵抗のまま引き摺られていく妙な光景が一瞬だけ、クレメンタインの視界に入ったが彼女は笑みを湛える事すらなく、溜息を吐いた。


 書類の山の中に、気になる資料があったのだ。他のアガルタ警備部が発動しようとしていた「インヴィジブル・タッチ作戦」という作戦に関する書類だ。状況も似通っており、二年前に姿が見えないノスフェラトゥを撃退するため、オートマタのオーダルト予算及び、修理資材を大量に要求しているのだが、却下されている。却下された理由としてはそのアガルタが外部監査に引っかかっており、請求した予算が膨大だったため、信頼性に欠けるとし却下されている。
結果としてはそのアガルタ警備部、第三科及び第四科が壊滅状態になっている。それも全員、死体が回収されていないらしい。

 どうにもキナ臭い、そう感じながらクレメンタインはウシオが淹れたコーヒーに口を付けた。適度な苦味が、頭の中の歯車の潤滑剤の役割を果たす。これが紅茶だったら、もう少しマシだったのだろうが、贅沢は言えない。
調べる価値はありそうだ、そう思いながらクレメンタインは受話器を手に取り、底意地の悪そうな笑みを浮かべていた。

「————あぁ、私だ。少し調べて欲しい事が」
 受話器の向こう側の人物は、抑揚なくボソボソと呟く。消え入りそうなその声はまるでエヴァに善悪と知恵の実を勧める蛇のように狡猾さを孕んでいた。