複雑・ファジー小説
- Re: Subterranean Logos【オリキャラ募集中】 ( No.15 )
- 日時: 2015/06/23 00:08
- 名前: noisy ◆.wq9m2y9k. (ID: vnwOaJ75)
- 参照: http://www.kakiko.info/bbs2/index.cgi?mode
ドアの向こう側からは活発な意見交換が成されていた。ハルカリが実権を握っているようではあるが、着実に前へ、前へと進んでいる。口元を緩め、似合わない笑みを浮かべながらドアノブを引くと、グラナーテが視線を送り、ヒラヒラと手を振る。呼ばれてない客であろうクレメンタインは何も気に留める事なく、オートマタの群れを横切り、パイプ椅子に腰を掛けた。
「クレミー、進捗はどう? 」
「話が早いな。まぁ、予算請求は通らんだろうな。要求事項をオーダルトにせず物品調達で上げ、予算が通ったとしても監査が入れば、物品の出所を調べられる。そこでオートマタに組み込んだなんて知られたら、私達は聴取を食らうだろう。下手を打てば手を後ろに回される。リスクを冒すのは辞めたいというのが正直だ」
「やけに慎重だね」
「あぁ、石橋は叩いて渡る主義でな」
「まぁ、こっちはなんとかなりそう。一案がルフトにエコーロケーション機能を追加、二案は複数の大型ドローンにエアバーストグレネードを装備させて遠隔攻撃、三案はオートマタ総出で火力演習」
「……そうか」
「どうかした? 」
「いや、コイツが私には昔の仲間なような気がしてならないんだ」
そうクレメンタインは呟くように言う。彼女の表情には、微かな憂いが見え隠れしている。また余計な事を考えてしまったのだろうかと、グラナーテは思いこそするものの、口には出さず首を傾げ、黙りこくったままクレメンタインの顔を見つめる。
「捕らえどうにかすれば人に戻れるのではないのかと、な」
「…死んだ人は戻らないし、もう敵になったら殺さなきゃいけない。サリタの時もそうでしょ」
「あぁ、そうだな…」
目を逸らし応答するクレメンタインは何かを隠している、そうグラナーテには感じられた。元々言葉数は多い方ではない、自主的に何かを語る事は少ない。しかし、クレメンタインは軍人時代からの名残か、人を見て話す癖がある。人から目を逸らす時は何か、偽りや隠し事がある時だ。
「まさかさぁ…、仕留めてない? 」
「さて、な」
矢張り視線を寄越さずクレメンタインは応答する。殺せなかったのか、既に殺す必要がない状況だったのかは引き出す気はなかったが、クレメンタインに対する猜疑心は微かに募る。尤も人に言えない事がない人間など居ないのだ、潔白すぎるクレメンタインの「汚れ」を見つけたような気がして少しばかりグラナーテは優越感も覚えていた。
「まぁ、どっちでも良いけどさぁ。ところで、ターナとウシオは? 」
「宿題をやらせてる」
「人使い荒いね」
「馬鹿を言え、連中が溜め込んでいた仕事だ。主にターナだが」
「自業自得ね…。コーヒー飲む? 」
「さっき飲んできた。気遣いは無用だ」
「あぁ、そう」
二人の間には沈黙が流れる。オートマタ達のディスカッションだけが格納庫の中に響き渡っている。こんな状況は確かに昔よくあった。四科の人間が殺気立ち、オートマタが作戦を立案する。それがクレメンタインが三科に所属し、グラナーテがまだ二科に加わったばかりの頃、そしてサリタが生きていた頃。大抵クレメンタインは気を張った硬い表情をし、サリタは随伴して戦闘していた為か、疲れ切って椅子の上で燃え尽きていた。自分の表情はよく分からないものの、今のように下らない物事を考えながら、ぼんやりと過ごしていたような気がする。
一人減ってもう六年も経ったのか、とグラナーテは感傷に浸りながら冷めて、不愉快な苦味しかしないコーヒーに口を付けた。自分はどうにか前に進んだ、クレメンタインは頭だけ進んで、精神は前に進めずに居る。人の死に感化されやすく、厭に人間らしい隣人の肩を小さく叩いた。
医務室の書類を整理しながら、陸は黙々と仕事を進めるネベールの横顔を見つめた。視線には感付いているだろうが、動じる事はなく、彼女は一切手を休める様子もない。彼女が働いているというのに、手を休めている自分に罪悪感を抱き、書類の整理を進める。
「それで…、五科長から聞けたかしら」
あろう事か先に口を開いたのはネーベルだった。一切、陸に視線を向けずに淡々とした口調で彼女は問う。何を聞かれているかは想像に容易く、その陸の想像は確かにネーベルが問う内容と合致していた。
「五科長は実例を見た、とだけ」
「あら、そう」
そう短く返答する彼女はわざとらしく書類棚に視線を向けた。その視線を追えば、大量のバインダーが置かれ、その中には何千枚、何万枚の書類が綴られている。
「棚の右側、一番上よ。五科長のレポート」
「え? 」
「その実例に対しての報告書」
ネーベルは決してその実例が何なのかを言葉として出そうとせず、書類棚を見ようともしない。代わりに陸が書類棚を見やれば一番上の右側に薄っすらと埃を被ったバインダーが置かれている。それが何故か、見てはいけない代物のように思えてしまい、見ようという気にはなれなかった。
「そういう書類を誰でも見れるような所に保管してて良いんですか? 」
「…そうね、人の目に触れる事を"彼女"と"彼女"は嫌がるかも知れないわ」
ネーベルの言う彼女の片方はクレメンタインだろう、と陸は想像が付くがもう片方の彼女が誰を指すか陸には分からなかった。此処に居る誰かの事なのだろうか、それとももう此処には居ない誰かの事なのだろうか。ぐるぐると頭を回すも、答えは導き出す事は出来ない。
そもそもクレメンタインと親しく出来る人物は数少なく、レスターやグラナーテが表面上親しい様子に見えるだけだ。クレメンタインと関係を上手く築けた人物に思い当たる節はない。
「この前、五科長は何を飲んでたかしら」
「この前ですか? 」
「えぇ、陸が帰ってきた夜」
「えーっと、スタウトに、テキーラ、ボイラー・メーカーですけど」
「祝杯でも挙げてたのかしらね」
意味深しげなネーベルの発言に陸は首を傾げながら、腑に落ちないといった表情を浮かべた。明らかにネーベルは自分を煙に巻いている。それが感じ取られ、少し不愉快だった。
「……あれを見れば分かるんですね」
ネーベルが答えてくれないのであれば、パンドラの箱を開けるしかない。禁忌に触れるのではないか、という不安を好奇心が打ち倒し、陸は踵を返し、ゆっくりと歩みを進めた。
「…分かるわ。——Nファクターを打った人間の末路が」
「…何か言いました? 」
「いえ、何も」
一瞬だけネーベルを見遣るも、視線を交わそうとはしない。黙々と書類の整理を進めているだけだった。ネーベルを気に留める事は止めよう。自分が知りたい情報が目の前にあるのだ、それを得なければならない。はやる気持ちが陸の手を書類棚へと向かわせた。