複雑・ファジー小説
- Re: Subterranean Logos【オリキャラ募集中】 ( No.19 )
- 日時: 2015/08/09 23:55
- 名前: noisy ◆.wq9m2y9k. (ID: sFi8OMZI)
- 参照: https://www.youtube.com/watch?v=6_PAHbqq-o4
戦地へと赴いた彼等を見送ってから、彼女は思い詰めたような表情を浮かべて、仕事に戻る事もせずただ座り込んでいた。全員が帰ってくるだろうか。誰かが帰ってこないのだろうか。全員帰ってこないのだろうか。徐々に最悪の物へと成り代わって行く思考を振り払おうとしても早々転換出来る物でなく、前に進めずに居る自分を自嘲したい気分だった。
「恐ろしい顔をしてる」
不意に傍らから語りかける声。声の主をゆっくりと横目で見遣れば、四科の群雲結衣の姿があった。彼女は今回の新種討伐に名乗りを上げていたが、却下され警備部内にて待機を命ぜられていた。額には汗が浮かび、黒のチューブトップにジーンズだけというラフな出で立ちだ。恐らくはトレーニングでもしていたのだろう。少しばかりの疲労に心地よさを感じているのか、顔付きはクレメンタインとは対照的だった。
「私くらいの年になれば、こういう顔になってくる」
「それは加齢という意味…? 」
「お前失礼だな」
結衣に向かってジトついた視線を送るクレメンタインの気は少しは紛れたのだろうか、いつもよりややトーンの高い声で軽口を叩き返す。
「…四科長達、上手くやってるかな」
「上手くやってると良いが」
「今の前の四科長って知ってる? 」
「あぁ、普通の人間だった」
「…死んだの? 」
「死んだよ。戦死ではないがね、病死だ。病死。元々身体が強い人ではなかった。故に指揮に専念していたが、病との闘いには勝てなかったのだろう」
「前の五科長は? 」
「あぁ、国に帰った。フィンランド陸軍から出向してきてた経理畑の軍人だった。融通が利かない人でな」
「…ふーん」
「お前、自分から聞いておいてその微妙な反応はなんだ」
「じゃあさ、五科長は色々と人が変わるのを見てきたのね」
大して物事を考える事もなく、放たれた結衣の一言にクレメンタインは瞳を僅かに見開き、乾いた笑みを浮かべながら眼鏡をなおした。
「そうだな、死んだ奴も居れば、元の鞘に戻った奴も居る。色々だ、色々」
「私は、余り人が変わって欲しくないかな。馬鹿だから覚えてられない」
「そうか。ホントに馬鹿だな。お前どうやってアガルタの入隊試験に合格したんだ」
「…さぁ? 」
結衣の一言に再度軽口を叩き返したが、彼女が言う「人が変わって欲しくない」というのはクレメンタインも同意だった。生きて此処を去るのであれば、一向に構わない。何れ会うことも出来るだろう。しかし、死んでしまえばもう二度と会う事は出来ないのだ。当然の事ながら、結衣の一言にそれを再び実感させられていた。
「五科長」
「なんだ」
「今回は誰も変わらなきゃいいと思うよ」
「——あぁ、そうだな」
自分だけが他人の死を恐れている訳ではない、そう感じながらテーブルに肘を付きながら、小さく鼻で笑った。
「ところで、身体訛ってない? 良かったらRAMC仕込みのCQBを教えて欲しいんだけど」
「…もう忘れたぞ? まぁ、基礎基本くらいなら良いが。あと言っておく、私は衛生兵だったからな? 」
「知ってる」
約一回り年下の少女に馬鹿にされているような錯覚を覚えたが、ゆっくりとした動作でクレメンタインは席を立ち、結衣を見据え、一つの思考が脳裏に浮かぶ。
この年若い戦友に仲間を失う辛さを教えたくはない。その為には自分がブレずに強くなければならない。そう思いながら足取り軽く、前を進む結衣の背を追った。
削ぎ落とされた腕に盲蓋を捻じ込み、応急処置を終えたハルカリはLAV車内からシーカーを使いながら索敵を続ける。その目は厭に生き生きとしている様に見え、形容し難い不気味さを発していた。腕を削がれてからのハルカリがおかしい事には皆が気付き、気にかけていたが一体のオートマタは違った。
冷ややかな視線でハルカリを見据えながらフルートは顔にめり込んだ9×19mmの弾を引き剥がしていた。帰投したら人工皮膚の張替えをしなければならない等と考えながら、最後の弾を投げ捨てる。
「で、四科長。結局、奴は殺すのか」
「殺してやりたいね。片腕ぶっ飛ばされたんだ、粉にしなきゃ収まりが付かない。それにNファクターの素材は手に入れたしね」
空の弾薬ラックに詰め込まれたノスフェラトゥの尾、車内にはノスフェラトゥの血液特有のすえた様な甘いにおいが充満している。
「コイツを引き渡される二科も可哀相に」
中東の地にてPMCに使われていた頃によく嗅いだ匂い、腐り始めた人間の死体はこういう臭いがしていた。ICチップの中でフラッシュバックされる残酷な記憶に顔を顰めながら、穴の空いた皮膚を指先でなぞる。
「…しっかし、ノスフェラトゥも生きているかね」
「どういう意味だ」
「尾を削がれて生きてる奴を見た事がない。連中は知性に劣り、その場で死なない為に尾を自切したに過ぎないと思う。即ち後先の事など考えず、今ごろ失血死しているのではないのかね」
そうアサシグレは運転席から静かに語る。確かにノスフェラトゥは身体が強固ではあるが、出血多量であればそれが原因で死に至る。更にはノスフェラトゥ自身、本能に従って生きているだけに過ぎず、大した知性は持ち合わせていない。更には尾を根元から切り落としている為、動脈まで切ってしまっていると考えられる。現にフルートが着ていたフラックジャケットは返り血で真っ青に染まった為、尾と一緒に弾薬ラックに突っ込まれている。
「逃げ出した段階でもう死んだようなものだと? 」
「あぁ、そういう事だ」
短いアサシグレの返答にハルカリはシーカーから目を離し、何やら考え込むような様子を見せた。彼女は確かに偏執的でやや好戦的な所が見受けられるが、無駄な交戦は良しとしない。統計的に死亡したものと考えられるならば、これ以上、無駄に敵を探し回り危険な場所に居る理由はない。
「此方四科長ハルカリ。目標喪失、しかし駆逐完了と判断。これより帰投する。委細は帰投後報告とする。オーバー」
車内の無線機を叩き付けるように置くと、糸が切れた操り人形のように座席に腰を下ろした。
「各員、ご苦労。不具合箇所があったらきちんと整備を受けてよ」
ハルカリが一番損傷を受けているというのに、そう言い放つ彼女に何体かのオートマタは苦笑いを浮かべていた。無事に帰る事が出来る、それだけで張り詰めた空気が和らぎ、肩の重荷が取れたように感じられた。