複雑・ファジー小説

Re: Subterranean Logos【オリキャラ募集中】 ( No.23 )
日時: 2015/08/22 01:08
名前: noisy ◆.wq9m2y9k. (ID: sFi8OMZI)
参照: https://www.youtube.com/watch?v=sbQqe_u1nsQ

 スクリーンの中で蠢き、次々と人を異形の形へと変えていく「それ」を見ながらクレメンタインは何処とない、肌寒さを覚えていた。このようなノスフェラトゥが現れたら、仲間がこのような異形と化したら、自分は容赦なくそれを殺める事は出来るのだろうかと脳内で思考が周りめぐっていた。

「これ気分悪いね…、なんか凄く身近に感じるよ」
 グラナーテも同じ考えを持ったらしく、コーヒーを注ぎながら呟くようにいう。スクリーンの中では腹部が開き、男の腕を食いちぎった化物が燃やされ、宿主の首を引きちぎり、何とか生き残ろうとする「それ」が机の下に隠れようとしている。
「これやめよう。別のないのか」
「…ハルカリのお気に入りの——」
「“また戻ってくる”は無しだ」
 未来から来たサイボーグが大暴れする映画は既に何度も見ている。却下され、次のパッケージを見せたが「星間戦争」を題材とした映画の物であったため、クレメンタインは首を横に振った。

「アーク見よう、アーク」
「…自転車を飛ばす宇宙人の映画はないのか」
「タイトル覚えようか」
 呆れたような表情を浮かべながら、月をバックに飛ぶ自転車と、人成らざる者と人の指が触れ合うパッケージを取り出すグラナーテ。人間から逃げ遅れ、取り残された宇宙人と人間の少年との交流を描いた映画である。

「しかし、宇宙人か。…ノスフェラトゥもこいつみたいに敵対意識がなく、我々と共存出来れば良いのだがな」
「人間が地獄の釜開けて、連中にちょっかい出しちゃった段階でもう無理さ」
 そう言い放つと音を立てて、コーヒーを啜るグラナーテ。行儀が悪いとクレメンタインに一瞥されるも、悪びれる様子もなく椅子の背凭れに身体を預け、天井を仰ぐ。
彼女の視界に入るのは、真っ白な天井とチカチカと不規則に点灯する照明。

「……なんか気になるね、こういう明かり」
「お前等の管理不届きが原因だろ」
「失礼な。ヴァルトルート君にちゃんと保全させてるよ」
「不安な奴の名前が出てきたな…」
 確かにグラナーテが言うように不規則な点灯を繰り返す照明というものは気になる。グラナーテ同様、クレメンタインも映画そっちのけで天井を見上げると何かに気付いたらしく、ぐるっと椅子を一周させ顔を下げた。

「この部屋の照明全部だな」
 妙な胸騒ぎを覚え、ゆっくりと立ち上がるとガンラックに括り付けられたカービンライフルを手に取る。脇に挟み、ずり落ちないようにすると同時に一挺のマシンピストルをスラックスのベルトに収める。

「“それ”でも居ると思ってんの? 」
 突拍子もなく理解し難いクレメンタインの行動を囃し立てるグラナーテであったが、妙な緊張感に気圧されたのか映画を止めていた。とても不細工でどことなく愛嬌がある宇宙人がビールを飲むというややシュールな光景で静止している。

「毒された可能性も無きしにも非ず。…備えあれば憂い無しというだろ。他の二科員は居るか」
「あー、カケハシを再起動させて、ヴァルトルートを叩き起こすよ」
「黛はどうした」
「アイツ、陸上配電所で当直」
 そう言い放つなり、グラナーテは兵員待機室へと歩を進めていった。ホワイトボードに貼り付けられた人員配置一覧表を見るが、他の科員は上層に出向していたり、黛同様に地上設備の当直に当たっていた。二科は非戦闘員が多いため、アガルタ内部に人を残している事が少ないという現状である。

「夜分遅くに騒々しいですね。五科長」
 ドアから顔を覗かせて嫌味ったらしくカケハシは言う。クレメンタインと目が合うなり、ツナギを着ながら歩みより、工具箱と自動拳銃を一挺手に取った。

「どこかの電路をネズミが齧ってるかも知れないですからね。——ネズミ退治にはオーバーな代物じゃなくて? 」
「二足で歩く、デカいネズミかも知れんのでな」
 嫌味に軽口を叩き返すとカケハシは肩を竦め、作業台に腰掛け兵員待機室へと繋がるドアを見据えた。ヴァルトルートがそう簡単に起きるとは思えない。時間が暫く掛かるとでも思っているのか、視線はやや冷ややかだ。
 そうこうしているうちに照明の点灯頻度は上がり、いつブラックアウトしても不思議ではないように思える。二科のラウンジから外は電源は別所から取っており、問題はないようだが早いうちに対処しなければならないだろう。

「——ヴァルトルート!! まだかッ!! 」
 突然大声を挙げて吼えるクレメンタイン。待機室から何かが転げ落ちるような音が聞こえ、グラナーテの笑い声が聞こえてきている。案の定、すんなりと起きなかったようだ。冷ややかな視線のカケハシと、苛立つクレメンタインがやや両極的だった。




 罰だと言わんばかりに、両手に工具箱を持たされたヴァルトルートが先行する。彼女の頭の中にはアガルタ第17階層の電路が全て入っている。彼女無しには電路調査を効率的に行う事は出来ない。

「だから早く起きろって言ったじゃないのねぇ。ヴァルトルート君」
「ブッチャケ、五科長居ると思わなかったんですよねぇ」
 悪びれる様子もないヴァルトルートだったが、クレメンタインは特に返答する事もなく、歩を進める。グラナーテもヴァルトルートの気質に近く、別段気に成らないのだろう。ただ、即応しない事には一喝入れざる得なかったが。

「——にしても…、此処は随分と冷えるな」
「ジェネレータの冷却水が側壁のパイプを通って流れてるんですよ。去年、パイプ掃除したんですが、ウェス突っ込んだまま、復旧しちゃって2号ジェネレータ、パーにした時は焦りましたよ。マジで」
「…あれお前だったのか」
 ハッした表情を浮かべてヴァルトルートは口を手で塞ぎ、グラナーテに助けを求める視線を送るが、彼女はヘラヘラと笑うだけで助け舟を出そうとしない。クレメンタインから逃げるように歩調を早めたヴァルトルートであったが、目的地は目と鼻の先であり、逃避行は30秒も続かなかった。

「口はワザワイの元って奴っすね」
「反省の色無しか」
「いや、そんな事ないっすよ。マジで」
 やはり彼女は悪びれる様子がなく、電力線や通信線などが走っている、共同溝へと繋がるハッチを開く。ジェネレータを壊したのは過去の事であるため、クレメンタインはそれ以上言及せず、薄暗がりの中を確認しようとしているヴァルトルートへとライトを渡す。

「あ、助かるっす。——えっ」
 慌てた様子で共同溝のハッチを閉め、彼女は首を横に振る。共同溝の中に何か居たようである。

「…ネズミか? 」
「人間襲う洒落なんないネズミが休んでるっす」
「そうか。——配線修理は頼んだぞ」
 そうクレメンタインはヴァルトルートの耳元で囁くなり、ハッチを開き上半身だけ突っ込み、逆さ吊りになるような状態で共同溝の暗闇を睨み付けた。そこには確かにノスフェラトゥの姿があり、側壁に寄りかかるようにして座り込んでいた。厭に人間らしいそれを見るや否や、彼女は引き金を引く。一発、二発、三発と銃弾はノスフェラトゥの身体を穿ち、青い血液を撒き散らす。撃たれて初めてゆっくりとした動作で立ち上がり、クレメンタインをノスフェラトゥは見据えた。窪んだ赤い瞳はまるで懐かしむように穏やかだった。しかしながら、ノスフェラトゥはクレメンタインへ向けて駆け出す。このまま居れば死ぬ、上半身を共同溝から起こし、カービンライフルに取り付けられたアンダーバレルショットガンの引き金に指を掛けた。青白い手がハッチに掛けられ、おぞましいその顔が視界に入った瞬間、クレメンタインは引き金を引いた。けたたましい銃声と共に多数の散弾がノスフェラトゥの肉を骨を引き裂き、その脳髄を撒き散らした。ゆっくりとした挙動でその身体は後ろに倒れ込んでゆく。

「…手向けだ」
 アンダーバレルショットガンに残った4発の実包を全て撃ち尽し、その死体を見下ろす。恐る恐るグラナーテやヴァルトルートもその死体を見下ろすが、まるでミートパテのようになってしまった死体を見て、ヴァルトルートは目を逸らしていた。

「鮮やかですね。五科長。現場復帰されては? 」
「村雲にコテンパンにやられる輩が現場復帰だと? 冗談じゃない」
 軽口を叩きながら、共同溝へと降りるカケハシ。手に持った自動拳銃の銃口はノスフェラトゥの死体から外さず、引き金に指を掛けていた。カケハシを追うようにクレメンタインは共同溝へと降り、カービンライフルを向ける。死臭を放つ血液を踏みつけると、やや不愉快な音が共同溝の中に響いていた。

「…なんだ? 」
砕け散った死体の肉の塊の中に、何やら鉄の破片のような物が見られる。それは銃弾の破片ではなく、鉄の板上の物だった。また、それには何か文字が刻まれている。刻まれた文字は錆びに塗れ、クレメンタインの目の悪さも相まって、判読出来る物ではない。死体の傍らにしゃがみ込み、それに右手を伸ばし、指が触れようとしたその瞬間、ノスフェラトゥの血まみれの手がクレメンタインの手首を掴む。咄嗟にカケハシが発砲するとノスフェラトゥはクレメンタインの手首を離し、ぴくりとも動かなくなったが、青い血液で汚れた手をクレメンタンは眺めていた。

「——三科を呼んでくれ。すっかり忘れていたよ」
「どうしたのさ? 」
 ハッチの向こう側に立つグラナーテは不安げに視線を向ける。
「傷にコイツの血が入った。マズいかも知れん」
 そう呟きながらクレメンタインは錆びた鉄の板を手に取り、それを呆けたように眺めていた。刻印された名前は読み取れない、だがどこかで見覚えがあるような形、傷のない左手で自分の首から釣り下がるドックタグを見据え、クレメンタインは驚いた様子で瞳を見開いた。