複雑・ファジー小説

Re: Subterranean Logos【オリキャラ募集中】 ( No.25 )
日時: 2015/08/24 23:02
名前: noisy ◆.wq9m2y9k. (ID: sFi8OMZI)
参照: https://www.youtube.com/watch?v=f0EQlIzPowM

 椅子に腰降ろし、医務室で点滴を受けるクレメンタインはぼんやりとした表情を浮かべ、左手で錆びたドックタグを握り締めていた。顔色はどことなく、優れず視線の焦点は合っていない。左右に控えるカケハシとネーベルはクレメンタインが変異した際、すぐさま射殺するために散弾銃を携えていた。

「……私が変わったら、すぐに殺せよ」
 何時ものような強い言葉尻ではあるが、口調には覇気がなく消え入りそうに感じられる。左右のオートマタは首を縦にも、横にも振らず静かにクレメンタインを見据えた。いつのも強さはどこへと消えたのか、何故これ程までに悲壮感に打ちひしがれているのか。自分の死という物に恐怖を抱き、恐れ戦く子犬になってしまったのだろうか。

「言われずとも。……ただ、記憶消去をさせてもらいますが」
「あぁ、こんなもの忘れた方が良い。自分の首を絞める必要なんてない」
 オートマタは記憶を全て、頭部に内蔵されたICチップの中に収めている。一時的にICチップを取り出し、整理してやるだけで彼らは幾らでも記憶を書き換える事が出来るのだ。クレメンタインはそれを羨ましいと、常々口にしていたが、今はそんな事を言う気配すらなく、静かに項垂れ、その意識を手放した。



 燃え盛るLAVの中、頬と歯を削がれ苦悶の表情を浮かべる女の視線の先には変わり果てた友の姿があった。その友は自分の手で、心臓を抉り一時的に行動を止めている。胸から流れ出る血液は人間のそれと違う、鮮やかな青。
痛みと精神的なショックに身体は思うように動かず、這い蹲るようにしながら、吹き飛ばされた眼鏡を手に取った。

 なんとか言葉を紡ごうとするも、頬と歯を削がれたせいで上手く喋る事が出来ず、言葉にならない言葉を発するしか出来ない。彼女の耳には届かないだろう。届いていたとしても自分で何を言っているか分からないのだから、理解をしてもらう事も出来ないだろう。

 医療キットから医療用エストラマーを取り出し、それを乱雑な手つきで頬に押し当て、表面の整形が終わると更に口の中へと手を突っ込み、内側を整形する。更にその上からバンデージを巻き、エストラマーを固定する。粗雑で急拵え、かつ本来の用途ではない使い方ではあったが頬の傷を塞ぐと、クレメンタインは静かに腰を下ろす。まだ口の中が馴染まず、上手く言葉を話す事が出来ない。それどころか何故か、声が出なかった。

「——ねぇ」
 不意に車内から聞こえる聞きなれた女の声。もう動き始めたか、と腹を括る。ゆっくりと後ろを振り返り、血に濡れた手でカービンライフルを向ける。恐らく引き金は引けない、次は仲間を介錯できない弱い自分が死ぬ時だろう。バンテージに覆われたクレメンタインの表情は分からない。死に恐れ戦いているか、それとも生を諦め諦観するような表情かは誰にも分からない。

「やっと殺してくれたのね。本当に酷い人」
 目の前の親友だった化物は、ゆっくりと静かに這い寄る。近づくにつれて、ノスフェラトゥのように瞳は赤く染まり、顔立ちは少しずつ人間のそれからかけ離れていく。そこでクレメンタインは気付く、今のこれは夢だと。夢であるが故に、超常が目の前に存在し、自分に語らう。

「六年も待った。貴女なら殺しに来てくれるって思ったのに、五科にうつっただなんて。——本当に…、本当に酷いわ」
「…失せろ」
「ねぇ、触っていい? 」
 目の前のノスフェラトゥは自分の血液で青く汚れた手を、クレメンタインの削がれた頬の手前まで伸ばす。あと数cmといった所でその手が頬に当たってしまうだろう。
恐らくは自分に入ったノスフェラトゥの血がこの悪夢を見せているのだ。そしてこの化生は、嘗ての友の姿で自分に化物の道へと誘おうとしている。おぞましく、恐ろしく、自分勝手で唾棄すべきその思考。クレメンタインはバンテージの下で顔を歪め、小さく舌打ちをする。

「触るな。私はお前と同じ道を歩む気はない。人間の矜持を捨てる気はない」
「そういうと思ったわ。でも、貴女は私の矜持を捨てさせた。…貴女のその情で私は昔の仲間を殺してしまったわ」
「それに対して詫びる気はない。私は私の意志に従ったまでだ」
「強情で、最低ね。——でもそう聞けて良かったわ」
 そう言い放つなり、親友だった化物は静かに腰を降ろし、ただクレメンタインを見据えている。その表情は穏やかな物に感じられた。

「今度こそきちんと殺してね」
「最後に一つ、聞いておこう。お前はサリタか」
「…さて、ね」
 化物は肯定も否定もせず、赤い瞳をクレメンタインに向けた。その赤い瞳にクレメンタインの姿は映っていない。
「そうか。——最後に言っておこう。お前が生きた証を持ち帰れず済まなかった。だが、お前が持ってきてくれた事に感謝する。もう逝け」
 ゆっくりと立ち上がり、カービンライフルの銃口を嘗ての親友の額へと押し付ける。これから彼女を殺める、視線は逸らす事は自分の矜持が許さない。赤い瞳をただただ見据え、静かに引き金を引いた。



 目を覚ますと両手両足を拘束されていた。まがりなりにも警備部のトップを拘束しているという罪悪感からか、目覚めて早々視線が合った陸はバツが悪そうな表情を浮かべている。

「…何時間寝ていた」
「三時間くらいです。今応急的にNファクターを投与して、変異するリスクを低減させようとしていた所ですが」
「要らんよ。私は何処までも人間で、それ以外の何者にもなる気はないのでな」
「ですが、三科長からの指示でして」
「…はぁ。———ギルバートッ! 」
 声を荒げ、クレメンタインは吼える。陸はたじろぎ、カーテンの向こう側から足音が聞こえてくる。これから来るであろうギルバートが来る前に手に握られた鉄の板をワイシャツの胸ポケットにしまう。

「それ…、なんですか? 」
 陸は目ざとく見ていたようだ。陸の問い掛けにクレメンタインは答える事なく、静かに笑ってみせた。そこに普段の苛烈な表情はなく、ただただ穏やかで陸は言い様のない違和感を覚えていた。その途端、カーテンが乱雑に開かれ、仏頂面でクレメンタインを睨み付けるギルバートの姿が現れた。その後ろにはネーベルがショットガンを抱えて佇んでいた。
 
「休暇の続きでスペインに行って来ようと思う。土産は何が良い? 」
 そうクレメンタインは笑いながら、短く問うた。