複雑・ファジー小説

Re: Subterranean Logos【オリキャラ募集中】 ( No.26 )
日時: 2015/08/24 23:50
名前: noisy ◆.wq9m2y9k. (ID: sFi8OMZI)
参照: https://www.youtube.com/watch?v=Sb5aq5HcS1A

 空っぽの墓の前に佇み、小さな鉄の板をそこに置く女はやや異質にも見えた。頬は抉れたような傷跡を持ち、やや顔立ちは引き攣って見える。更には首元に出来た火傷が見る者の目を覆い、彼女を避けて行く。もし墓の中に誰かが居たのならば、このような凶相を持つ女に墓参りなどしてもらいたくない事だろう。

「お前は酷い奴だ。私の頬を裂いて、私の仲間を殺して。許されない。本当に酷い奴だ」
 女はポツポツと言葉を呟く。まるで呪詛のように紡がれる言葉は、風に掻き消され誰に耳にも届く事はない。恐らくは墓の中に居ない彼女の親友にも届いていない事だろう。それでも彼女は言葉を紡ぎ続ける。その表情は次第に憂いを帯び、今にも泣き出しそうにも見える。

「最期にあんな夢を見せて。私の部屋を滅茶苦茶にして、本当に酷い奴だ。だが、酷い奴に土産がある。」
 右手に提げたトートバッグから出たのはテキーラのボトル。それもボトルのデザインは悪趣味で、透明なドクロを模していた。それの口を切り、何の躊躇いもなく墓石に振り掛ける。周囲の人間は一瞬、目を疑ったが女の凶相にたじろぎ、注意しようともしない。

「地獄で酔っ払ってろ。クソったれ」
 口汚く罵り、ボトルに少しだけ残ったテキーラに口を付け、それを飲み干すと墓石にボトルを叩き付て、踵を返す。粉々になったボトルの破片が太陽に照らされ、厭にそれは煌いていた。それはまるで太陽を見ずに死んだ彼女へせめてもの光をと、救世主が授けた手向けのようだった。



 まるで聖母のように優しげな笑みを浮かべた凶相の女は、地下へと向かう巨大な昇降機に乗り込み、最下層のB17Fのボタンを押した。いつもの引っ掻き音をスピーカーから出力したような耳障りな音はせず、スムーズに昇降機は下っていった。代わりに機械油の匂いが充満し、二科の人間が整備したと分かる。

「整備されて良かったな」
 昇降機のゲートに手を掛ける。途端、警告音が鳴り響き、機械音声の緊急停止ガイダンスが流れ始めた。昇降機から何かがはみ出たとセンサーが感知したのだろう。またかと、女は額を押さえながら緊急停止を解除する。誰にも見られてなければ良いがと思いながら、地下へたどり着くまでの時間、遠ざかってゆく地上の明かりを見上げた。


 辺りは何時もののひんやりとした空気に変わっていく。その頃には機械油の匂いにも慣れ、特に気に成らなくなっていた。この地下の肌寒さも懐かしく思えてくる。気が緩みつつあるが、昇降機の中では余計な物に触れず、ただただ棒立ちで大量のアルコールを抱えていた。

 目的の階に到着すると昇降機は音もなく、スムーズにその動きを止めた。クラッチの整備もしたのだろう。ゲートは静かに開かれ、昇降機から降りるとすぐさま上へと上がって行く。コイツは地下が嫌いなのだろうかと思いながら、その様子を見送り、前を見据えると見知ったオートマタ達がそこに居た。

「またお前等か」
「お帰りなさい。五科長」
「ターナ。土産を食堂まで持っていってくれ」
「了解ー。部屋もばっちり掃除したから、さっさと荷物置いてきたら? 」
「お前が置いてきてくれても構わないぞ」
 半ば押し付けるようにターナへと土産とスーツケースを渡す。彼は嫌な顔一つせずににこやかな笑みを浮かべて、その場を後にする。ストラップから釣り下がる短機関銃のセーフティーが掛かっていないような気がしたのは気のせいだろうか。
「地上はどうでした? 」
「何時もどおり」
「何時もどおりですか」
「あぁ」
 短く言葉を交わし、凶相の女は足音を立てて再び歩き始めた。女の後姿を見送ったカケハシは壁に寄りかかり、昇降機方向を見据えていた。一つ考えていた事は彼女の憑き物は落ちたようで良かったと、らしくない事であった。


1.The Gray Chapter End