複雑・ファジー小説
- Re: Subterranean Logos【オリキャラ二名募集中】 ( No.3 )
- 日時: 2015/09/11 01:20
- 名前: noisy ◆.wq9m2y9k. (ID: sFi8OMZI)
- 参照: http://www.kakiko.info/bbs2/index.cgi?mode
1st The Gray Chapter
今から約三十万年程前、人間という存在は生まれてきたらしい。技術が進歩し、現代に至るまで人間の最大の敵というのは「飢え」という物だった。その中で人間は進化し、自身の脂肪を分解、糖分を作り活動のためのエネルギーとしてきた。それと同時に血糖を上昇させるためのホルモンを備えた。こうして人間は「飢え」という最大の敵を克服した。
次に人間の最大の敵は「人間」自身となった。各地で互いが互いを殺し合い、否定し合い、三度にも及ぶ世界大戦を繰り広げ、人間はようやく自らを敵にする事を辞めた。もう敵は訪れないだろう。そんな事を考え出した矢先だった。新たな敵が現れたのは。
地底に潜ってしまえば、夜も朝も関係がなくなってくるらしい。太陽という物が厭に眩しいのだろうか、口が裂けたまるでジョーカーのような女は眉間に力を込め、顔を顰めていた。ガンケースを傍らに担ぎながら、一歩、また一歩と歩む。
石像のように硬い表情を浮かべた女は、地下へと向かう巨大な昇降機に乗り込み、最下層のB17Fのボタンを押した。途端、黒板の引っ掻き音をスピーカーから出力したような耳障りな音を発する。女の表情は更に険しくなり、悪態を付く。
「このオンボロめ」
昇降機のゲートをガンケースでド突く。途端、警告音が鳴り、機械音声の緊急停止をしたという旨のガイダンスが流れ始める。やってしまった、と額を押さえながらガイダンスに従い、救急停止を解除した。幸い誰も見ていないのが幸運だった。これが部下に見られていれば、あっという間に流布され、暫く嘲笑の的となってしまう事だろう。
少しずつ太陽が遠ざかり、暗くなってゆく。空気は地下独特のひんやりとした物に変わっていった。その頃には昇降機の耳障りな音にも慣れ、特に気にはならなくなっていたが、今度は肌寒さに悪態を付いていた。尤も昇降機のゲートを殴ったりはせず、舌打ちをする程度にとどめていたが。
目的の階に到着すると昇降機は、今にも壊れそうに振動しながら、その動きを止めた。ゲートは勝手に開かれ、昇降機から降りるとすぐさま、昇降機は騒音を挙げながら上へと上っていく。これで落ちてきたりしないよな、などと思いながら、その様子を見送り、前を見据えると見知った顔が二人そこに居た。
「お帰りなさい、五科長」
「出迎えか? カケハシ。…とターナ」
「そういう訳じゃないんだ。今日は此処の守衛さ! 科長もこんな物騒なもん持った出迎えは嫌だろ? 」
そう大声で言葉を発す、背の高い西洋人の女の手には短機関銃が握られていた。同じく、やや背の低い東洋人の女もそれらしい代物を携えている。
「そうか。それはご苦労。進入しようとする馬鹿がいたら殺してやってくれ。此処にノコノコ入ってくる馬鹿は世の中じゃ生きていけん」
「命のままに」
「励めよ」
「言われるまでもないさ」
短く言葉を交わし、口の裂けた女はカツカツと足音を立てて、再び歩き始めた。女の後姿を見送って、二人の女は壁によりかかり、またぼんやりと昇降機の方向を見据え続けていた。何を考える訳でもなく、入ってこようとする部外者を、敵を、馬鹿を殺めるためだけに、その場に存在していた。
厳つい黒人の男はスキンヘッドにヘッドフォンをし、何かを聞いている。彼の足は軽快にリズムを刻み、漏れる音はリズムに相反し、重厚かつ激烈な物だ。コードを辿っていけばそれは膝に乗せられた楽器のジャックポットから伸びていた。チューニングは極端なまでに下げられ、ピッキングによって振動する弦は微妙にビビるような音を発している。
「またか…」
口の裂けた女はその黒人の後姿を見据え、冷ややかな微笑を浮かべ、静かに歩み寄る。ガンケースをテーブルの上に置いても気づかれる事はなく、右側のヘッドフォンを掴み取り、耳元で囁く。
「おいニガー。メタルはワスプの音楽だと聴いたが、どうなんだね」
黒人をニガーと嘲り、白人をワスプと嘲る。それが故に男は「ニガー」と呼ばれても顔付きを変える事もなかった。
「あぁ? プラネットX聞いてから、出直して来い」
「随分と古いな、もう七十年以上前のバンドじゃないか」
「良いものは何十年経ったって良いんだよ」
「それは同意する。——ところで一科長。此処でそんな事をしている余裕があるのかね」
黒人の男を名ではなく、一科長と呼び、厳つい腕時計をその眼前に突き付ける。時刻は十二時四十八分を差していた。
「あぁ、そういやそうだったな」
「全く…。大体、お前は一科を率いている自覚がない。そんなんだから——」
「口喧しいのはクールじゃないな。クレメンタイン」
口の裂けた女は男の一言に、引き攣った笑みを浮かべ、目を見開き、言葉に出す事はない怒気を発していた。強張る女の表情に男は、一瞬だけ焦ったような表情を浮かべ、膝から楽器を降ろし、テーブルの上に静かに寝かせた。ペグの角度が悪かったらしく、置いた途端に多少チューニングがズレたかも知れないが、そんな事は気にしていられない。
「会議室だ。13時までに来い。さもなくば——、その黒い顔を青褪めさせてやる」
比喩めいた脅し文句を男にぶつけるなり、女はガンケースを担いだまま、また静かに歩き出した。腰の手前まで伸びた白髪混じりの茶髪が、その歩みに伴って揺れている。その後姿を見据えながら男は額に手を当て、溜息を吐いた。
「おっかねぇ」
小さく呟いた言葉は誰の耳に届く事もなく、ただただ何処かへと消え去るのみだった。