複雑・ファジー小説

Re: Subterranean Logos【オリキャラ募集中】 ( No.31 )
日時: 2015/09/13 17:46
名前: noisy ◆.wq9m2y9k. (ID: sFi8OMZI)
参照: https://www.youtube.com/watch?v

 一歩、一歩、そしてまた一歩、足音も立てずに彼等は歩みを進めていた。ハルカリからの強制通信もなく、言葉を発するなという命令を厳に守り、誰一人口を開く事もない。ただただ聞こえるのは、フラックジャケットの衣擦れと、時折聞こえる五体以外の足音と、這いずり回るような耳触りな音だけ。それが今ベースの中に存在する音であった。

 化物とは一度も遭遇せず、銃弾を一発も放つ事がないまま、巨大な扉の前まで辿り付くと、ハルカリは壁に身を預けながら開閉レバーを操作し、扉を開こうとするが何の変化もなく、扉は開く様子がない。すると首元の無線スイッチに触れ、強制通信器のスイッチを操作していた。ハルカリの口元は素体部が剥き出しにされ、同じオートマタでありながら奇妙な物だとチョウセキの目には映っていた。

『恐らくはノスフェラトゥ進入と同時に電路管制を施したようね。意図的に電路を破壊したと考えるわ。突破のために物理的に破壊するしかない。アサシグレ、セムテックスを』
 ハルカリの通信に対し、首をかしげながらゆっくりと近づき、彼女に耳打ちをする。アサシグレの言葉はチョウセキやフルートには聞き取る事は出来なかった。

『破壊と同時に戦闘になったら、それはその時よ。黙ってセムテックス頂戴』
 その通信内容に仕方ないというような表情を浮かべながら、バックパックから手の平ほどの小さな、プラスチックケースに収まった爆薬を手渡す。重量は爆薬本体の重量は20g程しかなく、信管と起爆装置受信部の重量の方がある。爆薬本体の重量が、一桁多ければベースごと吹き飛んでしまうのだろう。

『ありがとう』
 受け取るなり、セムテックスを扉下部へと取り付け、起爆装置の送信部を手に握りながら下がれとハンドサインを送った。ハルカリも例外なく、ゆっくりと足音を発さずに一歩、また一歩と後ろへ下がって行く。

『————爆破』
 そう通信すると同時に起爆装置送信部の握り押しボタンを強く握りこんだ。耳を劈くような破裂音と同時に、扉は吹き飛び、天井へと向かって折れ曲がっていた。破片を浴びたのか、カケハシは不機嫌そうに人工皮膚にめり込んだ鉄片を取り除いては投げ捨てる。
彼女を心配する暇すらなく、チョウセキは間髪居れずに生体センサを起動させ、扉の向こうを見るも生体の反応はなく、右手に携えた短機関銃の引き金を引かずに済んだようだ。

「もう強制通信する理由はなくなったわ」
 口元に鋼製マスクを嵌め込みながら、ハルカリは言う。これだけの轟音を発したのなら、何かが寄って来るのは間違いない。静かに、隠密行動を取る理由は既になくなってしまった。

「……科長、先を急ごう。雑談している暇なんてない」
「はいはい。各員、長蛇陣形を再構築。要領は先と同じ、厳守せよ」
「了解だ」
 陣形を構築し終えないまま、ハルカリはゆっくりと前進していゆく。目に内蔵された複合センサを起動したのか、甲高い起動音が辺りに響き、それはやがて消えてゆく。

「真っ暗ですね」
「あぁ、扉から先の電路を破壊したのだろうな。悪手であろう」
 そうアサシグレは言う。彼の言う通り、明かりを全て消してしまえば人間の視覚能力は一気に低下する。一方、ノスフェラトゥは暗がりの方が視覚能力は高い。一方的に捕食、寄生の対象となってしまう。

「護衛のスナイパーとスポッターも、これじゃ役立たずだろうな」
「えぇ、高々傭兵が第5世代暗視装置持っているとは考えにくいわ」
「全くだな、暗闇でドッキリって奴か」
「洒落にならんドッキリだ」
 などとアサシグレやカケハシ、フルートは軽口を叩いているが、チョウセキは黙り込み緊張した面持ちで暗視装置を起動させる。白く撮像される物体全てがノスフェラトゥに見えて仕方が無く、それらが今にも襲い掛かってくるような錯覚を覚え、思わず引き金を引きそうになる。
この感情の正体が何なのかは本能的に理解出来る。それは死という物に対する根源的な恐怖だ。ハルカリや、他のオートマタ達にこれを話せば笑われる事だろう。
自分達は死なない、ICチップが残り続ける限り永遠の代物だと。しかしながら、チョウセキにはそう思う事が出来ないのだ。永遠に生きる者など無し、例えICが残っても、時間に侵され精神は死んでゆくのだろうと。物理的に破壊されるという事と、精神が死んでゆく恐怖が同義され、居ても立ってもいられない。引いてしまいそうな引き金から指を離し、静かにセーフティーを掛けた。

「——ストップ。……ちょっと目と耳、付いてんの? 」
 ハルカリが止まれと制止し、ハンドサインを上げたにも関わらずチョウセキは彼女にぶつかってしまい、ハルカリは悪態を付いてチョウセキを戒めた。バツが悪い表情を浮かべながら、短機関銃のセーフティーを解除していた。

「生体反応あり、近づいてきてる。各員、交戦準備を」
 防爆扉の向こう側に何かが居るらしく、ハルカリの瞳に内蔵された感知センサからは感知を示す赤い光りが漏れていた。そして、センサが感知した「それ」は徐々に近づいてきているらしく、センサからは感知音まで流れ出した。

「喧しい」
 そう呟きながらもセンサを切ろうとせず、ハルカリはわざとその音を垂れ流しにしていた。向かって来いと自分の居場所を示すためだろう。向かってきたならば蜂の巣にするだけだ、と腹を括っての行動に違いない。
 その瞬間だった、防爆扉に何かが取り付き扉を叩き始めたのは。ゴンゴンと耳触りな音を発している。その内、その音は次第に大きくなり扉を歪め始めた。

「これ殴られたらマズいんじゃないですか…」
「あぁ、ボディがぶっ飛ぶね。なーに私達は死なない。ICさえ残ってりゃ問題ないさ」
 そうハルカリは言葉を返す。チョウセキの思い通りの答えだったが、それに対して批判する気も起きない、壁の向こうに居る恐怖の種に苛まれ続けるのが精一杯であった。