複雑・ファジー小説

Re: Subterranean Logos【オリキャラ募集中】 ( No.32 )
日時: 2015/09/21 00:22
名前: のいじ@海上 (ID: 9igayva7)

 扉の向こうの何かを睨み付け、チョウセキの緊張は極限まで高まりつつあった。恐怖に侵される心に似た何かと、恐怖に打ち勝とうとする意識、それらがシナジーを発生させたのだろうか。
 
 横目で並列した、他のオートマタ達を見れば彼等の顔立ちもどことなく険しく、視線は鋭く、これから戦いに赴く兵士の顔付をしていた。心が震える、恐怖と高揚感に似通った感情が自分を少しずつ蝕み、壊していくのだ。
次の瞬間、防爆扉の蝶番が弾け、それが自分めがけて飛んでくる。それを掴みとり、床に投げ捨てたその時、ノスフェラトゥの手らしき物が、ひしゃげた防爆扉から姿を現わした。
 それは血に濡れ、臓器の破片らしき物や、人間の手らしき物が付着していた。人間を喰いながら、一部は寄生を試み、逆に自分の一部とでもしたのだろうか。鼻腔を刺激する血の匂いに顔を顰めながらハルカリはその様子を見つめるだけで指示を送る様子もない。

「まだか、四科長」
「まだだ。扉から全身を出した時に任意の射撃を行え」
 硬い口調で静かにそう語る彼女は、頬にカービンライフルを押し付けたまま視線をフルートに向けようともしない。フルートも同様だった。もしノスフェラトゥが扉から姿を現し、自分に食いついた場合、どうしようかなどと一つも考えている様子もない。死に対する根源的な恐怖という物を根本的に持ち合わせていないのだろう。
理想的な戦士だ、などと思いながらもチョウセキも彼女たちに習い、目の前に迫りくる化物から視線を逸らそうとせず、瞳と銃口をただただ向けていた。

「怯えているのか戦闘童貞」
「……失礼ですね、多少は戦った事ありますから」
「手が震えてるがな」
「武者震いです」
「そうかい、そうかい」
 アサシグレには自分が今、どのような感情を抱いているか悟られているようである。尤も彼は味方が怯えていようとも、戦闘を回避しようなどと進言する気はないだろうし、回避できる状況でもない。やるしかないのだ。
もう既に防爆扉の穴は細身で小柄なカケハシならばその身を潜らせる事が出来る程に大きく広がっており、ノスフェラトゥの身体が見え隠れしている。
サイのような硬そうな皮膚が血に塗れ、人間の身体を吸収したのだろう。既に息絶えた人間の死体が、メスの身体にくっついたアンコウのオスのように同化しつつある。
それがひしゃげた防爆扉の穴に身を乗り出した瞬間、フルートが引き金を引く。耳を劈く銃声の中、ハルカリの舌打ちが聞こえたような気がしたが、一体が撃ち出した以上、火力を集中させて叩くしかなく、一体、また一体と引き金を引くオートマタが増えてゆく。
鉛の弾はそのノスフェラトゥの身体を引き裂き、人間の赤い血液と、ノスフェラトゥの青い血液が混じった形容しがたい色合いの血液を撒き散らす。防爆扉の向こう側で吼えるそれはまるで猛り狂うように、自らが開けた防爆扉の穴に身を突っ込み、自分の身体を引き千切りながら、カケハシの元へと進んでゆく。

「…気色悪いわね」
 サイドアームとして持ち合わせていた拳銃で、半身だけで進むノスフェラトゥを撃ちながら彼女は呟く。その瞳は冷たく、なんの感情も宿す様子もない。書類でも処理するかのように落ち着き払いながら、9発の弾丸を撃ち終えると防爆扉の向こう側で動かなくなった半身を見据えた。

「生体反応消失、被害状況報せ」
「総員被害なし、意気軒昂」
 碌な確認もせず、アサシグレはそう返答しながらヘッドマウントディスプレイの暗視装置を切り、代わりに熱源監視装置に切り替え、生体がないかを確認していた。

「扉の向こう微弱に生体反応あり、どうするかね。ハルカリ」
「見てみましょうか」
 そう言い放ち、ハルカリはゆっくりと歩みを進めていく。やはり恐怖を持たないのか、迂闊と言える程に無防備に歩み進め、防爆扉を引き剥がすと、それを防爆扉の外に飛び出てきたノスフェラトゥの半身に叩き付けるように置いた。肉が潰れるような耳障りな音を一瞬だけ発するが、それ以外の音は聞こえず、絶命していた事が解る。

「なるほどねぇ。——ちょっと来て」
 ハルカリに手招かれるまま、歩みより倒れ伏したノスフェラトゥの死体を見た瞬間、アサシグレ以外の全員が息を飲み、フルートに至っては顔を背ける。

「吸収されてもすぐ死にはしないんだね」
 ノスフェラトゥの身体から、飛び出た人間の上半身。それはうめき声を上げながらまだ死ねず、自死を許されず生を投げ出す事も侭ならない人間の姿。哀れと思ったのか、ゆっくりと跪きながらハルカリはその人間を見据えた。

「もうアンタは助からないが、何か言い残す事は」
 そう問うも人間は苦悶に呻き、もがくだけだった。口が利けないのならば、早く介錯してやるべきだと考えたのだろう。カービンライフルの銃口を人間に向けたその瞬間、人間の首が引き千切れ、ハルカリの首元に食いつく。頭頂部から裂け、まるで口のようにそれが蠢いていた。慌てた様子で、それを引き剥がそうとするチョウセキ達だったが、カービンライフルを投げ捨て、彼等を制した。

「…機械は美味いか」
 人間の頭部だったそれを掴み取り、ゆっくりと人工皮膚ごと引き剥がす。それは耳障りな甲高い咆哮を上げる。最早それは人間ではない、と至極当然な思考に至ったのだろう。ゆっくりと力を込めると、骨が少しずつ砕けてゆく音を発し、その内ハルカリの手が頭蓋を砕き、原型を失ったそれを壁に投げつけた。熟れたトマトが潰れるように、不愉快な音を発していた。

「その死体、まだ多分動くからセムテックス頂戴な」
 青い返り血を浴びながら、そうアサシグレに語りかけるハルカリの様相はどこか寂しげで、恐ろしげな代物だった。