複雑・ファジー小説

Re: Subterranean Logos【オリキャラ募集中】 ( No.36 )
日時: 2015/10/08 20:41
名前: noisy ◆.wq9m2y9k. (ID: 10J78vWC)
参照: https://www.youtube.com/watch?v

 フルートとNGOの男が、ひと悶着を起こしてからは鉄火場特有の緊迫した空気と、気まずい雰囲気が混在していた。しかし、それももうじき終わる事だろう。扉に差し込まれた鉄パイプを真っ二つに圧し折り、ドアの制御盤をハルカリが操作している。あとは雪原を駆け抜け、ヘリを飛ばし、彼等を麓の街まで乗せ、降ろすだけだ。

「私達が乗ってきたヘリには汚染測定器が装備されてる。もしあんた等の誰かがノスフェラトゥに汚染されてたら、真っ先に殺してやる」
 そうフルートは語気荒く言い放つ。人でなければ、人としての意識を持っていたとしてもそれは人を語る化物だ。生かす理由はないが、殺す理由は山ほど用意する事が出来る。汚染されたら人権はない。

「はいはい、おっかねぇ事で」
 フルートと揉めた男は茶化すように言い放ち、背後を見据えた。多くの同胞が殺められ、苦悶の果てに命を落としたこの場所。彼等の遺体は回収出来ず、どう遺族に顔向けしようか、そう考えていた。自分が助かった喜びよりも、他者の死を悼んでいるのだ。

「お前、余り気を病むな。いつまでも引き摺った所で死人は帰ってこない」
 そうアサシグレは明後日な方向を見据えながら、独り言のように男に語り掛けた。引き摺り続けた末、死人が帰ってきたと素っ頓狂な事を言う女が身内に居たが、この男が引き摺り続けて潰れずに居られる程、強くは見えなかった。

「あんた等は機械だからいいよな。記憶消去すりゃ忘れられるんだろ? 」
「然り」
「俺等人間ってそこまで便利に作られてねぇんだ」
「然り。だが、忘れろ。人間はそこまで強くない」
 アサシグレが言葉を吐き終えるなり、ドアが音を立て開く。空には太陽の変わりに月が顔を覗かせていた。真っ白な雪原が月光に照らされて、見惚れるような光景が広がっている。しかしながら、凍て付いた外気がベースの中に入り込み、人間達は各々悪態を付いていた。

「此処から3kmくらい歩くから。大した距離じゃないけど、その大穴に気をつけて」
「と、いうと? 」
「四科長がチェーンガン担いで走ってきたもんだから、自重で穴空けちゃって」
「そんなに重いのか…」
「私だけで160kg、チェーンガンに電動機、もろもろの装備品で300kgは楽々」
「冗談だろ」
「や、ホント。フルート、先頭をお願い。私はチェーンガン持って帰るから、また最後尾に付くわ」
「了解だ。——人間、きちんと付いて来いよ」

 チェーンガンを担ぐハルカリを他所に、フルートは駆け出す。同時に暗視装置を起動させ、大型ノスフェラトゥがへばり付いていた崖を睨み付けるが、その姿はなく何処かへと立ち去ったようだ。
そう気を緩めた瞬間だった。ベースの上部から、何かがフルートの背を目掛けて飛来し、それの直撃を受けるなり、フルートは雪原に投げ出されていた。

「四科長! 上だ! 」
 軋む身体を起こしながら、フルートは吼える。彼女の視界に映るそれは巨大な蜘蛛のようなノスフェラトゥ。昼間崖にへばり付いていたノスフェラトゥだ。外皮には夥しい数の血管のような物が浮き上がり、頭部には八つの窪みが存在し、その窪みの中には人間の目のような物が夥しい数蠢いていた。ガチガチと口を震わせ、それはゆっくりとベースの上から降り、身動きが取れないフルートへと近寄っていく。

「…クソったれ」
 人間達をチェーンガンで押し、射線から退かすなり引き金を引く。最早銃弾というよりも砲弾に等しいそれが、大型ノスフェラトゥの外皮を突き破り、青い血液と体内に収まった臓器のような物を散らす。皮膚は脆いようだ。それが判明した途端、アサシグレやカケハシ、人間達も各々引き金を引き始めた。そんな中で銃の引き金を引かない者が二人居た。

 もしあのノスフェラトゥが人間から変質した物だったら、そう考えてしまい殺める恐怖に苛まれたオートマタと、立ち尽くし妙に震える人間が一人。引き金を引けないオートマタが、立ち尽くす人間の異変に気付いた時には遅く、皮膚を突き破って蜘蛛のような足が伸び、頭頂部は口のように裂け、青い血液を滴らせていた。

「————ッ!」
 声にならない悲鳴を挙げながら、突発的にそれに蹴りを見舞い壁へと押しやり、震える手で短機関銃の引き金を引くが、弾は出ない。セーフティーが掛かったままだと気付いた時には遅く、ノスフェラトゥがチョウセキの上へと圧し掛かり、背を突き破って伸びた足が彼の人工皮膚に幾数もの傷を付ける。
脊髄をその身体から引き抜きながら、首はゆっくりと伸びる。不自然な角度に曲がり、首の肉を引き千切りながらもチョウセキの顔面に喰らい付こうと蠢き、それを押し遣りながら抵抗するチョウセキは反撃を行う術を持たず、ただただ身を捩るだけだった。少しずつ近づく、ノスフェラトゥの口、頭蓋を割った口の中には、既に機能していないであろう脳がその姿を覗かせた。その瞬間、一発の銃声と共に首は吹き飛びノスフェラトゥの身体は脱力し、チョウセキの上に凭れ掛かった。

「…悲鳴の一つでも上げたらどうなんだ」
 フルートと一悶着起こした男が、厭に据わった瞳でチョウセキを見下ろしながら言い放つ。手に握られた散弾銃の引き金を引いたのだろう。自分の身に凭れ掛かった死体を蹴り飛ばして、覚束ない足取りでチョウセキは立ち上がる。

 既に銃声は聞こえていない。ドアの方向を見遣れば、身体の彼方此方を穿たれた大型ノスフェラトゥが真っ青な血の筋を走らせながら、雪原を逃げ帰っていく。もう放置しても死ぬと予想出来る。
 そして、仏頂面を浮かべたフルートがもがれた片足を抱きながら、不愉快そうな顔をして壁に凭れ掛かっていた。ノスフェラトゥの攻撃を転がりながら、避ける最中避けきれずに足を太腿から噛み千切られたのだ。

「全く、やっぱり“九人”になってただろ」
「あぁ、俺等化物と密室でデートなんて洒落にならねぇぜ」
 フルートと揉めた男が悪態を付きながら言い放つ。片手に持ったショットガンを肩に担ぎながら、その男は自分が殺した嘗ての仲間を一瞥するなり歩み出した。

「隊長さん、さっさと逃げよう。此処には居たくねえんだ」
「あぁ、そうだね。チョウセキ、真っ青になってるところ悪いんだけどフルート担いで頂戴」
「…あの、汚れますよ」
「チェーンガンとモータ持つかい? 」
「フルート持ちます」
 ハルカリに言い負かされ、フルートを担ぎ上げるなりチョウセキは歩み出す。自分は恐怖に打ち勝てない臆病者だ、殺す恐怖にも、死ぬ恐怖にも向き合えず、戦う事が出来ない臆病なオートマタだ。そう言い聞かせていた。