複雑・ファジー小説
- Re: Subterranean Logos【オリキャラ募集中】 ( No.37 )
- 日時: 2015/10/11 23:11
- 名前: noisy ◆.wq9m2y9k. (ID: 10J78vWC)
- 参照: https://www.youtube.com/watch?v=hvHKFEFX4Gw
何処か彼のオートマタは冴えない表情を浮かべ、デスクに向かい合っていた。隣で書類をまとめながら、クレメンタインに一方的に言葉をぶつけ、一人で笑っているミッターナハツゾンネとは対照的だった。チョウセキの表情が冴えない事に感付いてか、ミッターナハツゾンネの言葉には適当な相槌しか打たず、クレメンタインはデスクに頬杖を付きながら、そのチョウセキの様子を見つめ続けていた。
「ウシオ、何処か調子が悪いのか」
オートマタに体調が優れないとは聞いた事はないながらも、部下であるため案じるのが勤めだ。クレメンタインはややぶっきら棒な口調ではあるが、言葉を発した。一人で機関銃のように言葉を放つ、ミッターナハツゾンネは何かを察してか口を噤む。ようやく静かになったかと、汪はミッターナハツゾンネを一瞥し、その視線を向かって右にスライドさせチョウセキに向けた。
「……いいえ、別に何でもないです」
大抵、何もないと言う者には何かあるものだが、自分で言い出さないのであれば皆の前で聞き出す物でもない。訝しげにクレメンタインは短く「そうか」とだけ返答し、溜息を吐きキーボードを幾度か叩くとその音は止んだ。それと同時にチョウセキのメッセンジャーにメールが届く、その送り主はクレメンタインであり、タイトルに「稼業終了後残れ」と短く、打ち込まれており、本文はなかった。
16時45分、稼業止めのマイクアナウンスが入るなりミッターナハツゾンネはそそくさと姿を消した。汪が30分ほど書類整理に時間を要していたが、それが終わったようで伸びをしながら、クレメンタインを見据えた。
「五科長、まだ残られるのですか? 」
「…少し調達の要領書がまとまらずな。上の連中を納得させる材料が揃わななんだ」
「そうですか。余り根を詰めすぎませんように」
「あぁ、18時には私も撤収予定だ。物不足は常、多少足りずとも如何様にでもなろうさ」
尤もクレメンタインはそのような調達の準備をしている訳ではなく、チョウセキ以外の科員達が帰るのを待っているのだ。
「ウシオも無理するなよ? 不具合があるなら二科長の所にすぐ行くように。…では、失礼します」
「あぁ、ご苦労」
軽く会釈だけして汪は部屋を立ち去る。彼の足音が少しずつ遠ざかり、部屋の中は静まり返り、チョウセキはゆっくりとクレメンタインを見据えた。
「何かあったのか」
「……五科長、殺す恐怖とか死ぬ恐怖を覚えた事はありますか」
「そうだな、前者は覚えている。よく覚えているさ」
「死ぬ恐怖は…? 」
「覚えるだけの余裕がなかった」
クレメンタインが前線に立っていた頃は人員も足りていなかった。一科から四科までが総動員され、前線任務にあたっていた。それ程の激務だったのだから、任務を全うする事に躍起になり死ぬという物に対して恐怖を抱かなかったのかも知れない。それでも異常な事であるが、チョウセキはそう理解せざるを得なかった。
「先の任務では酷い物を見たらしいな」
「はい…、人間がノスフェラトゥになる瞬間を見ました」
そう語るチョウセキは落ち着こうと、瞳を閉じる。暗闇の中で、人の形をしていながら、最早人ではない動きをし、自分の身体を自ら壊すそれの記憶がフラッシュバックされ、怯えた様子で瞳を開く。
「記憶消去してきたらどうだ」
「それも考えましたが、俺には出来そうにないんです」
何故それが出来ないか、クレメンタインには分からなかったが問うような事はせず、ただただ視線を向けるのみ。相槌の一つをする事もない。
「死ぬ恐怖、殺す恐怖、逃げる恐怖か。お前はそれに立ち向かおうとする強い奴だな」
そうクレメンタインは言う。言葉は感心の意を唱えているものの、彼女の視線は哀れみとも何とも形容しがたい気持ちが感じ取られた。
「グラナーテが言うように、お前等には心があるのかも知れないな」
「心ですか…? 」
「あぁ、私にはそんな物があるようには思えないがね」
オートマタという代物が持つ個性はプログラミングされた人格が、推論と問題解決を繰り返していくうちに、手法、手段、思考を選び少しずつ発展していった結果、生じる代物である。それについてはチョウセキも、理解はしていたが、クレメンタインから飛び出た「心」という単語に呆気に取られざるを得なかった。
「心ですか…」
それがあるとしたら、自分が死を恐れたり、殺しを恐れる事には理由が付く。至極人間らしい、当然の思考をしたまでに過ぎない。何処か胸に突き刺さるような、チクリとした痛みの説明が出来る。
「お前はお前らしく、人間らしく居ればいい。心を痛めても、心を病んだとしてもそれは仕方が無い事だ」
そう語りながらクレメンタインは薄っすらとした、張り付いたような笑みを浮かべていた。頬の傷跡のせいで皮膚が突っ張り上手く笑えない彼女なりの最大限の笑みなのだろう。
「他のオートマタ達と違って、怖がったりしても良いんでしょうか…」
そのチョウセキの問いにクレメンタインは漸く合点が行った。ハルカリ達は決して負けない、壊れないという強い意志の元、戦場に経っている。故に死の恐怖に打ち勝ち、殺める恐怖を抱かない。人間らしさを全力でかなぐり捨てた思考を持ち合わせているのだ。それがチョウセキにはないのだろう。
「ハルカリはハルカリ、ウシオはウシオ。そうだろう。奴等と違っても気に病むな。お前はお前らしく居て良いだろう」
ゆっくりと立ち上がったクレメンタインは眼鏡を外し、背伸びをしてみせた。言葉を選ぶ間もなく、飛び出てしまった言葉に対して、らしくない事を言ったと思った彼女は、踵を返し顔を背ける。背を向ける直前の一瞬、彼女は少しばかり優しげな表情を浮かべていたように見えていた。