複雑・ファジー小説

Re: Subterranean Logos【オリキャラ募集中】 ( No.38 )
日時: 2015/10/14 00:47
名前: noisy ◆.wq9m2y9k. (ID: 10J78vWC)
参照: https://www.youtube.com/watch?v

 恐怖に打ち勝てない事を良しとし、恐怖に打ち勝つ者も良しとする。各々の内面は自由であるべきだろう。如何に考え、如何に恐れたとしても、誰一人それを批判、抑圧する事は出来ない。

 世の中は言論、表現という物の自由を確立されている。それが差別、宗教、教育、国家、多種に渡るタブーに触れても良い。そもそもタブーという物を設ける事自体が、言論、表現の自由に抵触する悪事である。彼等オートマタは恐怖を抱くという事をタブーとし、それを他に徹底せざる得ない現状を作り出していた。多くのオートマタはそれに順応したが、一体のオートマタはそのタブーに触れる事を恐れたのだろう。故に彼等には心がある、そう考える事が出来た。ロビーでクレメンタインに向かって機関銃のように言葉を発し、彼女を捲くし立てるミッターナハツゾンネも、手酷くやられ、不機嫌そうな顔をしながら車椅子のハンドリムを回すフルートもだ。

 汪という男は言った。オートマタには心という物がない。彼等の心と思しき物は問題解決と推論を推し量り続けた結果、生まれた副産物であると。果たして本当にそうなのだろうか、とグラナーテは思っていた。人も最初は無垢な物であり、外部からの刺激、影響。自己推論、環境、様々な要因に拠って自己を形成していく。それが心であり、個性という物になっていく。歪であれ、確りとした形であれ、それは出来上がっていく。であるならば、オートマタとて同じ代物ではないのだろうか。プリセットの人格に、様々な外的要因、内的要因が加味され少しずつ何かを作り上げていくに違いない。既にピノキオのような彼等は少しずつ成長していく。その過程が見られるから彼女はオートマタを愛しているのだ。

「二科長、フルートの太腿なんですがねぇ。メーカー在庫ないそうで、ぶっちゃけ納期二ヶ月くらい掛かるっぽいですわ」
 傍らで油塗れの顔をしたヴァルトルートはバツが悪そうな顔をしながら、パーツブック片手に言う。フルートの脚は太腿から下を引き千切られただけで、膝から下は無傷であったため、太腿をアッセンブリで交換するだけで、復旧は出来るのだが、メーカーの在庫がないらしく長納期となっているのだろう。

「二ヶ月間、車椅子生活かぁ。なんか私等情けないね」
「そうすかねぇ。メーカーが在庫無い言ってる以上、仕方ない違います? マジで」
「技術屋が即応出来ない事ほど、情けない事はないよ。直すべき人が其処に居るのにさぁ」
「“人”ですか? 」
「うん、人」
 オートマタには心がある、人に作られた物であったとしても。彼等は限りなく人である。グラナーテはそう思えて仕方が無い。例えそれは違うと言う者があれば、はっきりと返答しよう。人も人に作られた、と。神が創った物ではない。彼のガガーリンは地球に戻ってきて、ロシア正教の教主へ言い放っているのだ。神の姿を見たかと問われ、「神は見えなかった」と。ならば、そうなのだろう。人間を作ったとされる神なんてものはない。人も人によって作られ、心を少しずつ形成する。オートマタも人に作られ、少しずつ心を形成する。ならば人間と同義できる、と。

「一科長の前では言えない一言ですなぁ」
「消耗品扱いだからね」
 そうグラナーテは苦笑いを浮かべて、ホワイトボードに掛けた人員リストを見つめる。そこには今日の日付が書かれており、「ヴォーゲ帰還」と短く記されている。

「そろそろ皆帰ってくるからさ、出迎えようか。その汚い顔洗ってきなよ」
「これは仕事した証、マジで」
 機械油の汚れを手の甲で擦りながら、ヴァルトルートは言った。残念なことに汚れは一向に落ちず、更に汚れが広がってしまっていた。そんな事に彼女は気付く様子もなく、静かに踵を返し洗面所へと向かっていく。その後姿を見ながら、ヒラヒラと手を振り、コルクボードに貼り付けられた一枚の新聞の切り抜きを見る。そこには五体のオートマタ達の後姿が一面に飾られ、彼等を称える文章が記されていた。
先日、任務から帰ってきたハルカリ以下五名はニュースになっているのだ。音信が途絶えたNGO職員を救出し、ノスフェラトゥを撃滅した英雄として。皆が皆、勇敢に戦い人命を救ったとされているが、チョウセキは恐れ戦き、まともに戦えていなかった。そういった裏側については記事には記されていない。彼等を映画にし、ありのままの事実を更に広めるべきだという声まで上がっているらしいが、ありのままを知らない者達がそれを作れば、駄作間違いなしだろう。
暫くその記事を見つめ、グラナーテは小さく鼻で笑うと格納庫の明かりを消して、その場を立ち去った。

 昇降機は下降してきているのだろう。下向きの矢印の明かりが、赤く点滅している。耳触りな音がしないのは慎治の整備があってこそだろう。二体のオートマタと一人の男が乗っているはずだ。オートマタは黒髪で小生意気そうなのと、お菊人形、人間はスラヴ人、冷たげな男だ。

「あら、二科長。お出迎え? 」
 おどけた口調で、グラナーテの背後から声を掛けたのは「英雄」とされたハルカリだった。いつもどおりの鋼製マスクを身に着け、瞳は人間のそれとは全く異なるカメラ。身体のラインが出る事を嫌がってか、一見だらしない格好をしている。

「まぁねぇ。整備してあげないと」
「私等帰ってきた時も出迎えてくれたしねー、感謝感謝」
 彼女は自分が人間ではないと自覚している。多くのオートマタがそうなのだろう。その事実を感じ取れば、少しばかりグラナーテの胸に小さな棘が刺さり、痛みに似た何かを生じさせる。

「それが仕事だし、好きな事だからね」
「はー、人間の感覚っていまいち分からないねー」
「なんで? 」
「道具は道具で良いじゃない。消耗品よ? そりゃ消耗しないように手入れは必要だけど、私なんかはスクラップ寸前の払い下げ品だもの」
「じゃ、ハルカリは死にそうな人を見捨てるかい? 」
「いいや、見捨てないから今私は“ヒーロー”になっちゃってんだもの」
 そう胸を張って言う。彼女の顔が人間らしく表情を宿す物だったら、所謂ドヤ顔をしているのだろう。グラナーテは苦笑いを浮かべながら、ハルカリの肩を軽く肘で小突く。

「やめなよー。ほら、もう連中帰ってくるんだから」
 昇降機を降下させるモーター音は少しずつ近づき、次第に大きくなる。機械油の匂いが近づき、強くなっていく。そして、モーター音は止み、静かにハッチが開かれる。中の者達を確認するまでもなく、グラナーテは口を開いた。

「おかえり。小憎たらしい皆々様方。英雄共々、出迎えです」
 そう冗談めいた、出迎えを受けた彼等は小さく笑っていた。三人を見据え、グラナーテもそれに呼応するように小さく笑う。作ったような張り付いた笑顔が、三者の心のどこかに焼きついていた。


2.Pretty Hate Machine End