複雑・ファジー小説

Re: Subterranean Logos【オリキャラ募集中】 ( No.39 )
日時: 2015/10/19 22:45
名前: noisy ◆.wq9m2y9k. (ID: 10J78vWC)
参照: https://www.youtube.com/watch?v=WSeNSzJ2-Jw

番外.Invisible Touch


 突き刺すような太陽の日差しが懐かしく思えた頃、錆び塗れの昇降機は地底へとたどり着いた。朽ち掛けたシャッターが下ろされており、その前には煙草を咥えた人相の悪い女と、まだ幼さが残る小柄な小女がヘッドホンを付けながら音楽を聴いている。人相の悪い女が、一瞥するなり煙草を壁に押し付け、その火を消す。

「ETEか」
 そう低く唸るように言い放つなり、自分が羽織っているジャケットを見せた。月桂樹の葉に囲まれ、杖に巻きついた赤い蛇と、赤い王冠が記されている。RAMC、王立陸軍医療軍団の一員だったのだろう。階級章を見る限りでは大尉であったようだ。

「そういうアンタはRAMC? そこのオコサマは? 」
「さぁな、知らん」
 短く返答した後、次の煙草に火を付け咥える。妙な気を遣ったのか、一本だけ煙草を勧めて来る。

「私は煙草やめたから」
「そうか」
「…所で名前は? 」
「クレメンタイン・シンディー・サックウェル。お前は」
 自分の名を名乗り、人の名を問う時も視線を向けようともしない女を、内心失礼な奴だと思いながらも問いには答えなければならない。

「サリタ・サバテル・バルデラスよ」
「そうかい。覚えとく」
 聞いておきながら興味がないのか、明後日な方向を向きながら短くクレメンタインは返答する。イギリス人というのは横柄だとは聞いていたが、此処まで酷い物だとは思わなかった。

「ライミーは紅茶ばっかり飲んでるから、脳髄の代わりに紅茶でも入ってるんじゃないの? 」
「生憎私はアイルランド人だ。ガバチョ」
 嫌味を差別用語で付き返され、一瞬顔を顰めたが自分から言い出したのだから言い返されても仕方が無いと溜飲を収め、サリタは壁に身を預ける。

「…座るか? 」
 クレメンタインが脇に置いていたトランクを引き倒し、暗に座れと勧めてくる。その言葉に甘え、トランクの上に腰掛ける。

「まだ入れないの? 」
「あぁ、なんでも門番を配置する余裕もない程、忙しいそうだ。もう三時間も此処で立ちんぼだ」
「座ってるのに? 」
「お前、言葉の綾が分からんのか」
 冗談に本気で返すクレメンタインに呆気に取られながら、サリタは目の前でヘッドホンをして黙り込む少女に目を向ける。ヘッドホンから音が漏れており、四打ちで太いベース音が聞こえている。ダブステップか、ブロステップでも聞いているのだろうか。

「あの子、一言でも話した? 」
「いいや、延々雑音を聞いているよ」
「雑音ってねぇ…」
 クレメンタインは音楽に疎いのだろう、漏れた音から何を聞いているかの判別できないようだ。

「知らないの? スクリレックス」
「知らん」
 一蹴され、呆気に取られたサリタは話しても埒が明かないと首を竦める。こんな様子で軍隊生活が成り立ったのだろうか。そもそも適正試験の段階で、不適合のレッテルを貼られていても不思議ではない程の無愛想だ。

「ねぇ、君」
 ヘッドホンの向こう側からの声は、彼女の耳に届かないのだろう。聞く様子もなく、馬鹿だと言いたげにクレメンタインはサリタを横目で見遣りながら、次の煙草に火を付ける。

「ちょっと吸いすぎじゃない? 」
「…国の税収に貢献してるんだ。愛国心の一環だと思ってくれ」
「都合の良い解釈ね」
「いつの時代もそうだ、政治家と軍人は都合が良い生物さ」
「——敵と国を殺し、味方と国民を死なせ、誰かを謀るそういう生物ね」
「お前のところもそうだったか。…そうか」
 遠い目をしながら、二人は深い溜息をついた。地上では今も人間同士の紛争が勃発している、そこには宗教で思考停止した愚者や、違法に改造されたオートマタ、各国の軍隊で構成された連合軍、そしてノスフェラトゥが血を血で洗う四つ巴の戦いを繰り広げていた。彼女達はそれに嫌気が差し、日の光りを浴びない地下へと逃げ込んできたのだ。何かと戦う力を持ち、それを振るわないという選択肢を選ぶ事はしなかったが、人には振るえない。たが、力を腐らせるのは忍びない。良心を痛めないために人成らざる者との戦いを選んだのだ。

「2117年、ヨルダン、イルビド。お前は何処だ」
「同じく2117年、シリアのハサカ。酷い戦いだったわ」
「……路上で挽肉を拾う羽目になるとは思わなんだ」
 2011年の民主化運動の失敗から、政府が弱体化、統治が弛緩した結果。テロリストの台頭を許す事となった。それらは2015年から徐々に弱体化していったが、焼け野原にもいずれ、草木が生い茂るようにそれらの残存勢力を種子とした第二、第三の組織という物が絶え間なく発生した結果、もう既に一世紀も中東の砂塵の中で戦っているのだ。

「吸うか? 」
「…えぇ」
 煙草のパッケージを突き出すクレメンタインは、その口を器用に親指で弾くように開ける。その中身は空であった。からかわれたと抗議の視線を向けるサリタだったが、相反しクレメンタインは意地の悪そうな笑みを浮かべながら、煙草のパッケージを胸ポケットに仕舞った。

「——あのさぁ、煙いんだけど」
 そう抗議の声を挙げたのは、ヘッドホンの少女だった。やや鼻に掛かるような、気に障る高い声にサリタもクレメンタインも目を見開き、少女を見遣る。

「風呂に浮かべるアヒルみたいな声してるな」
 妙な例えをするクレメンタインに再びサリタは呆れたような視線を向け、そう揶揄された少女もサリタと同じような視線をクレメンタインに向けていた。