複雑・ファジー小説

Re: Subterranean Logos【オリキャラ二名募集中】 ( No.4 )
日時: 2015/03/30 23:44
名前: noisy ◆.wq9m2y9k. (ID: vnwOaJ75)
参照: http://www.kakiko.info/bbs2/index.cgi?mode

>3/30 加筆

 ぐるりとクレメンタインは自分以外の四人の顔を半ば、睨み付けるような視線で見据えた。一人は先ほど、クレメンタインに捕まり、耳元で脅し文句を囁かれた黒人の男。その左隣で、テーブルに肘を付きながら、クレメンタインを見据えるツナギ姿の女が一人。その向かい側にはフラックジャケットを羽織り、厭に目が据わった如何にも軍人という男が一人。そしてその右隣には人ではない何かが、微動だにせずクレメンタインを見据えている。顔立ちは人から大きく懸け離れており、目鼻は一応あるのだが、口がなく黒い鉄のマスクで覆われていた。

「全員揃ったようで何より。ギルバート。休暇中の私達を呼び戻したのだ、報告を」
 ギルバートと呼ばれた如何にも軍人のような男は首だけ動かし、クレメンタインを見据える。静まり返った会議室の中に、フラックジャケットが摺れる音だけが響き、クレメンタインから発せられるピリついた空気が辺りを緊張させる。

「あぁ。昨晩偵察中の連中がノスフェラトゥ共と交戦し、一科から五科まで合計で四人が死んだ。死体回収は不能と判断し、残存した科員に撤退するように指示を出したのだが、連中が戻ってこない。再度、此方から無線を送ったが応答もない」
「なるほど、MIA認定すべきか、せざるべきか。という事か」
 科員の死に対してクレメンタインは大した反応する事もなく、淡々と言葉を紡ぐ。やや異常とも思える光景だったが、周囲の人間は誰一人表情を替える事もない。

「それもあるが、アガルタ17階層の守備が一人でも欲しかったから呼び戻したというのが実情だ。彼等を助けに行く余力も、考えもない」
「では、早速MIA認定の処理をし、補充の要請を掛けておくとしよう。解散」
「今度はちったぁ使える奴が来れば良いんだがなぁ」
「人間は脆すぎるんだから、オートマタわんさか寄越せば良いじゃない、ね? 」
 解散の号令に好き勝手立ち上がり、立ち去る人間達は軽々しくそう言い放つ。彼等は麻痺しているのだろう。長く戦場に居座り、生き続けてきた故に、死が身近になり過ぎ、命という物を非常に軽々しく見ている。故に一人、人間ではない者は多少の胸糞悪さを感じていた。

「どうしたハルカリ。明後日な方向を見て」
「いえ。五科長、命という物は無価値なんだなと」
「地下に潜って、化物達と遣り合ってるんだ。自分から墓穴に飛び込んだ、自殺志願者にも等しい。そんな奴等の命はそこの綿埃と同じくらいの重みしかない」
 そうクレメンタインは床を見下ろしながら言う。視線の先は踏み躙られ、分裂寸前のズタボロで、小さな埃が転がっているだけだった。

「……人間というのは冷血です」
「そうでなければお前等オートマタを作らんよ。——人間は冷たい凍りついた心とエゴの塊で出来てるんだ」
 口角を吊り上げ、嘲るような笑みを浮かべたクレメンタインに一抹の悪寒を抱き、ハルカリは息を飲む。人間がオートマタを作った理由を思い返せば、確かに人間という物はクレメンタインの言うとおりの存在だ。自分達は戦場で人間の変わりに戦い、過度に放射能汚染された地域での作業をするために作り上げられた代物だ。人間のエゴと、利己的な精神が交わって作られた合いの子なのだ。

「すっかり忘れてましたよ。そういえばそうだったって」
 小さく、小さく消え入るように呟いたその言葉にクレメンタインの高笑いがドアの向こう側から聞こえた気がした。




 身動きが取れなくなったLAVが声一つ挙げず、止まっていた。運転席に座り込む死体は、自分の愛車から離れようとせず、強化ガラスで作られた窓から暗がりを黙したまま睨み付けている。
 そのLAV上部に取り付けられた機関銃席の中で、青年は胸の前で十字を切った。残弾は残り少ない、異形の化物達が何処まで迫っているか分からない。今から一秒後、一分後、いつ訪れるか分からない死という物が目の前をチラホラと反復している。

「イッスンサキはヤミって奴ですね。この状況」
 と、余り抑揚のない声で、客観的に呟く女に青年は辟易とした様子で、視線を送った。外部のカメラと通信機を復旧させるために、彼女は先程から新たに電路を引き直しているが、一向に終える様子はない。だというのにこの軽口、命の危険に脅かされているという実感はないのだろうか。

「陸、余りカリカリするものではない。そこにレーションがあるだろう、少し齧って落ち着き給え」
 そう静かな口調で語りかける男性型オートマタが一人。柔らかな口調に反し、彼が傍らに抱く短機関銃はセーフティが外され、いつでも撃てるような状況にあった。彼と向かい合うように座る女性型オートマタもそうだ。苛立っているのか、眉を顰め、膝に置いたかなりクラシックなM1A1は小刻みに揺れている。

「……ヴァルトルート、まだ終わらないのか」
 言葉は静かだが、微かに怒気を纏うような言葉で女性型オートマタは呟くようにいう。ヴァルトルートと呼ばれた軽口を叩く女は、返答せずに軽く肩を竦め、ニヤっと小さく笑う。

「何が面白いんだ」
「いや、ブッチャケね、オートマタも死ぬのが怖いんだなぁって」
 オートマタは二人居り、彼等の反応は二様だった。片方は小さく笑い、片方は舌打ちをして悪態を付く。

「フルート。悪態付くならハルカリから破壊許可は出てるからね」
 そういう女の手には小さなリモコンが握られていた、それを見せつけるなりフルートと呼ばれた女性型オートマタは悔しげな表情を浮かべながら、覗き窓から外を睨み付ける。

「いやはやハルカリも容赦がない事をするもので」
「鬼の四科長だからねぇ。自分の生態反応がなくなったら、オートで自爆するような機構を付けてるし」
「なんともまぁ」
「や、嘘だけどね。マジで。——よしっ、こんなもんかな」
 最後の電路を繋ぎ終え、ヴァルトルートはニィっと笑みを浮かべ、スイッチに拳を叩き付けるようにして、電源を入れる。一瞬、カメラにノイズ混じりの映像が付くも、次第にノイズは安定し、外の状況を見る事が出来た。

「——なるほど。酷いものですな」
 カメラに写された映像を見ながら、朝時雨は呟くように言い放った。食い散らかされ、既に原型を留めない死体と、破壊され既に活動を停止したオートマタの残骸が辺りに散らばっている。薄暗い地下の中でも分かる程に、赤く染まった光景に陸は息を飲み、得も知れない恐怖を抱いた。自分は人の為に命を捧げると誓ったはずだ、それなのに、何故ここまで恐れるのか。何故、こうも死という物が恐ろしいのか。いつの間にか、左手が小さく震えていた。

「陸、撤収するぞ。俺がアロイスの死体を下ろしたら、そのまま運転する。陸はそのまま銃座に居てくれ」
 ふと、朝時雨が静かに語り掛けた。現実に引き戻された陸は小さく頷き、鋼鉄の壁に囲われた銃座から外を睨み付ける。暗がりの中に何かが蠢いているが、中でカメラを睨んでいるであろうヴァルトルートから特に何も注意はない。
 朝時雨の手で車外に放り出されたアロイスと呼ばれる男の死体が、ゆっくり、ゆっくりと遠ざかっていくが、死した彼に思いを馳せる余裕もない。何とかして生きて帰らなければならないのだ。

 出来る事ならば、化物と遭わずに済めば良い。そう銃座で胸を撫で下ろし、暗がりに視線を向けていた。