複雑・ファジー小説
- Re: Subterranean Logos【オリキャラ募集中】 ( No.40 )
- 日時: 2015/10/27 21:37
- 名前: noisy ◆.wq9m2y9k. (ID: 10J78vWC)
- 参照: https://www.youtube.com/watch?v
煙草が切れたクレメンタインは苛立ちを露わにし、シャッターの前で腕を組みながら突っ立っている。サリタに背を向け、顔が見えないというのにも関わらず彼女の表情はありありと想像する事が出来た。額に青筋を浮かべ、眉間に皺を寄せた大凡女らしさなど微塵もない顔に違いない。
「……猛犬」
「大昔の日本の玩具にあんなのあったよね」
餌入れの前で眠るブルドッグ。微かな衝撃から目を覚まし、眠れる猛犬はただ吼える。まるでその目を覚まし吼えたブルドッグのような顔をしているだろう、とサリタと少女は想像する。サリタの頭の中のブルドッグと、少女のブルドッグはやや差はあるものの、何れにせよ酷い想像である事は違いない。
「お前等…、それは幾らなんでもあんまりじゃないか」
苦笑いを浮かべながら、呆れ返った表情で猛犬と評された彼女は、不服を申し立てる。腰を下ろして座り込んだサリタとその右隣に移り、座った少女は笑みを浮かべていた。クレメンタインに「オモチャのアヒルのような声」と評されてから既に二時間。三人は多少なりとも打ち解けていた。二時間の間で二人は少女の素性を問い質していた。彼女の名は「グラナーテ・ヘンツェ」というらしい。姓からドイツ人であると想像は容易い。年齢は18歳、ハイスクールを卒業し、就職先としてこの組織の門扉を叩いたらしい。
「所でグラナーテ。腹が空かないか」
「知らない人から物貰っちゃダメって教育されたから」
「知らない上に顔のおっかない人は特にそうよ」
そう二人掛りで弄られるとクレメンタインは顔を真っ赤にしながら、シャッターに蹴りを入れ、悪態を付いた。シャッターが揺れながら耳触りな音を発すると同時に、彼女の表情が微かに歪む。革靴越しとは言えどもシャッターを蹴ったため爪先を痛めたのだろう。
「ざまぁ」
そうクレメンタインを煽るグラナーテ、怒りを露わにする気にもならないのか、溜息を吐きながらクレメンタインは壁に身を預けた。その瞬間だった、シャッターの開錠音が響き、三人の耳に飛び込んできた。巻き上げるウィンチが作動しているのか、低速のモーター駆動音がシャッターの向こう側からやや篭って聞こえていた。
「——お嬢さん方、すっかり忘れていた。中に入りたまえ、クソみたいな地獄に飛び込んできた怖い者知らずを歓迎するとしようじゃないか」
壁に備え付けられたスピーカーから発せられるくぐもった声、尊大でいながら何処か疲れ切ったその声の後ろには呻き声のようなノイズが走っている。
「クレミー、シャッター蹴ったの見られてたんじゃない? 」
「…水兵服はどうした? ヘンツェ・ダック」
前で妙な名称で呼び合う二人には一切の緊張感が感じられず、まるで昔からの知り合いのような軽口を叩き合っている。クレメンタインはともかく、グラナーテについては如何な物だろうかと苦笑いを浮かべながら、サリタは尻に敷いていたスーツケース片手に呟く。
「どっちも名字よねぇ…」
やはりクレメンタインはどこか抜けている、そう思い放った独り言は二人の耳には届かない、彼女達はサリタを置き去りに、ただただ歩みを進めながら軽口を叩きあっていた。何故かそれが心寂しく感じられ、まるで未来を表しているかのように感じられたが、思考のノイズだとそれを振り切り、サリタは駆け足で二人を追う。
「早くしろ」
「遅いよー? 」
そう二人はサリタを急かす。ものの二秒も掛からず二人には追い付くも、何か気の利いた一言を発する事が出来ず、愛想笑いを浮かべるだけだった。
スーツケースのキャスターが、ひたすらガラガラと鳴き続けている。三人は一言も発する事がない。そのうち、グラナーテはヘッドホンをしてまたダブステップを聞き出した。漏れる音からしてウィリアム・ビヴァンの楽曲だろう。また100年近くも昔の古い音楽であったが、スクリレックスの物と比べると穏やかな低音すらも、クレメンタインの神経に障ったらしく、彼女は閉口したままグラナーテを睨み付けていた。
「それにしても長い通路ね」
何とか場を取り持とうとサリタは沈黙を破る。グラナーテから返答はなかったが、クレメンタインは短く相槌を打つなり、何かに気付いたように歩みを止め、天井を見上げた。
「…最悪だな、此処は」
「何かあったの? 」
「此処だ」
無理やりにサリタを引き寄せるなり、自分が立っていた位置に彼女を立たせる。天井にはエアダクトがあり、そこからは彼女がシリアのハサカで嗅いだ臭いがしていた。それは鼻につくような甘ったるさを放ち、長く嗅げば吐き気を催すような、不愉快な臭気。
「懐かしい臭いだ」
皮肉を呟くクレメンタインの表情は何処か冴えない。彼女の脳裏にはヨルダン、イルビドの記憶がフラッシュバックしていた。辺りに散らばった敵か、仲間かも分からない肉や骨の破片、蠢く人ではない化物の窪んだ赤い瞳が自分を見つめているような気がしてならない。
「気分転換に一服したいな」
「後悔先に立たずよ。懲りたら少し吸う量減らしたら? 」
「…愛国心の邪魔をしないでもらいたいな」
苦笑いを浮かべたクレメンタインは、首をゆっくりと回すなり歩み出す。それに呼応するようにサリタも前へと進んで行く、10m程離れた場所でグラナーテが何事かと見据えていた。
「なんかあったー? 」
「いいや、別に」
「ふーん」
何かあったとしてもグラナーテは大して興味ないだろう。それにこの臭いが死体の放つ、死臭だと今は知る必要もない。遅かれ早かれ知るのだから、別段今教える必要はないだろう。
「やたら長いよね」
「さっき同じ話をしていた」
「えー? 黙ってたじゃん」
「お前が雑音聞いてるから、私達の声が聞こえないんだ」
「雑音って酷くない? 」
そう抗議の念を唱えるが、クレメンタインはせせら笑うばかりで何も言い返してこない。彼女にエレクトロミュージックは理解出来ない。サリタもその抗議に乗る事はなく、穏やかに笑みを浮かべていただけだった。