複雑・ファジー小説
- Re: Subterranean Logos【オリキャラ募集中】 ( No.41 )
- 日時: 2015/10/30 00:18
- 名前: noisy ◆.wq9m2y9k. (ID: 10J78vWC)
- 参照: https://www.youtube.com/watch?v
扉を開いた先は、戦場と形容すべき様子だった。頭陀袋が並べられ、床には青い液体が撒き散らされている。しかもその場所は食堂だ。テーブルや椅子は本来の役割を果たせず、壁に立て掛けられている。それは部外者からしても、何やら異常事態が起きていると察する事が容易だった。
「あんた等、例の新人かい」
職員と思しき男が不意に声を掛ける。名札には“A.Orange”と書かれ、名前の左横には背後に銃とメスを背負った十字が印字されていた。その男の顔立ちはやつれ切っており、体力と精神を消耗したのか、生気が感じられなかった。
「そうですけど…、何か手伝いましょうか? 」
「名前も知らない姉ちゃん達に、仕事をさせるなんて男が廃ると思わないか」
男がそう切り返す、冗談が言えるのならばまだこの男は問題ない、とクレメンタインは何処から出したのか、一方的に名刺を差し出した。サリタは自分には渡さなかったのにと、腑に落ちなかったが名を名乗り、ついでに隣で戦々恐々とした表情を浮かべたグラナーテを紹介する。
「アンタ、メディックか」
男がクレメンタインの名刺を見ながら言う。軍人時代の名刺をそのまま持ってきたのだろう。それ故に衛生幹部だと悟られたに違いない。
「…荒事ばかりだったがね」
「そいつはいい。少し来てくれ、今は猫の手も欲しい」
「断る理由はないが、まだ正式に私は貴方達の同胞ではない。それでもいいのかね」
「知ったこっちゃないぜ。そのうち仲間だ、それが明日か、今すぐかの違いだけだ。さっさと来てくれ」
「…サリタ、そういう事だ。少し行って来るが此処は空気が悪い。無理はするなよ」
そう不器用な気遣いを見せ、クレメンタインは男の後ろに付き、歩みを進めていった。革靴が青く汚れるのにも、一切の抵抗を見せる事はなく、微かに見せた横顔は鉄火場に赴く軍人の顔をしていた。
「…この青いの何だろうね」
「分からないなら触るもんじゃないわ」
床に屈みこみ、触れようとしていたグラナーテを戒めてサリタは頭陀袋を見つめる。青い液体は頭陀袋から、滴り床を汚している。中は一体なんだろうか、と頭を悩ませるものの答えは見当たらなかった。
「——触らないのは正解だぜ」
不意に背後から聞こえる男の声に、一瞬だけ身動ぎし首だけ動かし、背後を見れば黒人の男が小銃を抱えながら、二人を見据えていた。名札には“L.E.Dunhill”と記されており、先ほどの男同様名前の左側には何やらエンブレムが記されている。双眼鏡とライフルをあしらったそれを見るからに、先ほどの男とは所属が違うと見て取れる。
「その青い液体を触れ、まかり間違って体内に入る事がありゃ、俺はアンタ等を撃たなきゃならん。引金を引かせないでくれよ」
そう言いながら男は小銃を二人に向けた。セーフティが掛かってるとは言え、銃口を向けられるのは余り良い気分ではない。グラナーテの前に立つようにしてサリタは男を見据えて、抗議の視線を送った。
「おうおう、そう怖い顔しなさんな。——俺はレスター。アンタは? 」
「サリタよ」
「そうかいそうかい、そっちのガキは? 」
「……グラナーテ・ヘンツェ」
ぶっきらぼうに名乗ったグラナーテは不愉快そうな顔を浮かべていた。矢張り銃口を向けられるのが面白くないようだ。
「つー事はお前等が新入りか、情報と違うが? 」
「なんの事かしら」
「RAMCの大尉殿はどこに行ったんだ? 」
レスターは嫌味ったらしく、大仰に言い放った。大尉殿、クレメンタインの事を指しているのだろう。
「オレンジとかって人に連れてかれたわよ。何でも手伝えって」
「あのオッサン…、ホント人浚いが好きなこったぁ」
呆れたようなレスターの言い振りから、オレンジという男は頻繁に人を引っ張り、仕事の手伝いをさせているのだろうか。見境ないのは如何な物だろうかと思いながら、サリタは呆れたような笑みを浮かべた。
「こんな死体置き場にお客さんを置いておく訳にはいかねぇ。此処を真っ直ぐいって、突き当たりを左に曲がった先に格納庫がある。そこで一服してろ、三科長はまだアンタ等に会える状況じゃあない。少し待っててくれ」
そうレスターは言うなり、顎で進むべき方向を指した。死体置き場という気になるワードを彼は口に出したが、部外者にも分かる異常事態、後からでも分かる事だとサリタは自分に言い聞かせ、グラナーテの肩を軽く叩き、歩みを進めた。
歩む二人の背を見ながら、レスターは一つ思う事があった。あの二人にこんな地下に来る必要があったのか、と。サリタは身なりを見る限りでは、元軍人。元軍人というだけで一般人よりは大なり小なり、優秀なのだから、幾らでも仕事はあっただろう。態々、酷いものを見る必要などない。それはグラナーテにも言える事であり、普通の生き方をする事も出来ただろうに、何故こんな道を若い内から歩まなければならないのか。彼女には彼女なりの考えという物があるだろうが、レスターにとって見れば彼女は酔狂を演じた、馬鹿な子供にしか見えなかった。
「馬鹿なガキだ」
せめて潰れぬよう、精神を病まぬよう。そして死なぬよう、見守る事しか出来ない。神など信じてはいないが、胸の前で十字を切ってレスターは彼女達の未来が明るいものであれと祈っていた。