複雑・ファジー小説

Re: Subterranean Logos【オリキャラ募集中】 ( No.42 )
日時: 2015/11/03 23:48
名前: noisy ◆.wq9m2y9k. (ID: 10J78vWC)
参照: https://www.youtube.com/watch?v

 寝台に横たわる彼等は苦痛に呻いていた。ある者は足を失い、ある者は腕を失い、ある者は既に苦悶の表情を浮かべたまま息絶えていた。もうじき死体安置室に入れられるだろう。——此処が安置室でなければいいのだが——その様子を不快そうな表情を浮かべ、左耳をガーゼで押さえつける男が黙ったまま見つめていた。彼の手の下のガーゼは赤く染まっている。

「ギル、具合はどうだ」
「ガキの頃の注射みたいだ」
「そいつは痛いな」
「あぁ。このザマだからな」
 彼を見るなり、“A.Orange”はニヤついた笑みを浮かべながら声を掛けた。ギルと呼ばれた男は、彼に視線を配る事もなくぶっきら棒な口調で返答するなり、ガーゼを引き剥がす。そこには存在するはずの耳がなく、肉と引き千切れた血管が曝け出されていた。

 その傷をクレメンタインはマジマジと見つめながら、何かで切裂かれたのだろうと結論付けた。切り口は真っ直ぐで、断面を覗かせる血管もマカロニのように切り口が綺麗なものだった。

「てっきりアンタ嫌がると思ったんだがなぁ」
「生憎、私は上の戦場から下の戦場に来たんだ、その程度は日常茶飯事だった」
 ギルと呼ばれた男は感嘆の意を漏らす。恐らくはクレメンタインを試したのだろう。見慣れない顔から新入りと判断し、これからの血腥い世界に拒絶を示すか、否かと。

「そうか、俺と同じだ」
「2117年、ヨルダン、イルビド」
「2115年8月9日、エルサレム」
「…そうか」
 この男も酷い物を見たのだろう。路上にミートパテが落ちていたか、人間の屑が人間の頭でサッカーでもしていたのだろう。日時と土地を呟くだけで表情が翳る。互いにそれ以上、語る事はしなかった。

「メディック、アイツを診ててくれ。“感染”はしてない。俺はちょっと“処理”しなきゃなんねぇ」
 そう“A.Orange”は言い放ち、患者を指差すと同時に壁に立て掛けられた散弾銃に手を掛け、それを担ぐや否や部屋を後にする。感染という気になる言葉を放った、彼は散弾銃片手に何を処理するというのだろうか、疑問が浮かぶがクレメンタインは口を閉ざしたまま、患者を見据えた。彼の全身は包帯で覆われ、抗生物質を点滴で投与されている。恐らくは火傷を負ったのだろう。その姿が、まるで未来の自分を見ているような気がしてならなかった。

「……ソイツはもう助かりやしないさ、全身に三度の熱傷を負ってる。しかも一日、野晒しにされてたんだ。助かりやしねぇ」
 患者と向き合うクレメンタインの背後からギルと呼ばれた男は静かに語った。患者は意識がないらしく、ギルの諦観した言葉に反応する様子はなく力なく横たわっている。

「……諦める訳にはいかん」
「アンタはきちんとソイツを生かしてやるのか? 意識はないにしろ苦しいのは変わらねぇ。貴重な物資を死人の冥途の土産にしてやるか? 俺だったらそんな無駄な事はしねぇ。——殺してやりたいさ」
「——抜かせ」
 その言葉にクレメンタインは瞳を見開き、口から怒りを吐き出す。助けられるかもしれないのであれば、どれだけの物資を投げ打ったとしても生かそうと全力を尽くすのが衛生兵という代物である。ギルと呼ばれた男はそれを全否定するような言葉を吐き、挙句の果てには患者を殺めるとまで言い放つ。

「……アンタは半身千切れた野郎を生かそうとするか? 脳味噌ぶちまけた野郎を助けてやるか? 俺等は天に在すイエスでもアッラーでも、ブッダでもないんだ。半死人を助けるなんて奇跡を起こせる訳がない。だったら、ソイツをさっさと地獄なり、天国に打ち込んでやった方が特ってもんだろ」
「仲間なんだろう? ならば、救うのが道理ではないのか……」
「口先だけの甘っちょろい理想だ。そんなんじゃオレンジのおやっさんと同じ。——叶わない理想に惑わされてるだけだ」

 いつの間にかクレメンタインはギルと呼ばれた男に向き合っていた、彼女の瞳には怒気が混じり、険しかった顔立ちには何処とない翳りが見え隠れしていた。それが初対面のギルにも、彼女が怒り狂っていると感じ取るには充分な代物だった。男だったらさぞかし迫力があっただろう。軍に染まり切り、鉄火場を渡り歩き、幹部として上と戦い、下を治めていたとしても女である、やはり大した恐れを感じる事はない。

「そうカッカしなさんな」
「なら前言を撤回しろ」
「そいつは出来ないな。これが俺の宗教だ」
 飄々とした様子のギルに反し、クレメンタインは怒り猛っている。中での揉め事に扉の前で、男は一抹の気まずさを感じ、散弾銃を抱えたまま溜息を吐く。


「——戻りにくいな」
 そう呟く彼——“A.Orange”——はバツが悪そうな表情を浮かべていた。散弾銃からは硝煙の香りが漂っており、何かを撃ったと悟られる事だろう。それはクレメンタインが言う、“救うべき存在”を撃ったのだ。しかし彼等は助からない。化物に“汚染”されてしまったからだ。
 
 自分とてクレメンタインの主張は正しく、間違いではない。そう考える。しかし、救いようが無く“処理”しなければ次の犠牲者を出す可能性がある者を放っておく訳にはいかない。それを放っておけば要らぬ犠牲を出す可能性があり、結果的に“救えない存在”を産む事となる。それは“A.Orange”自身も重々承知なのだが、それでも彼等に向ける銃口は背けたくなる代物であり、引かなければならない引き金は石のように重い。

 扉のガラスにぼんやりと映る彼の顔は、窶れきり酷い代物だった。