複雑・ファジー小説
- Re: Subterranean Logos【オリキャラ募集中】 ( No.44 )
- 日時: 2015/11/16 23:02
- 名前: noisy ◆.wq9m2y9k. (ID: 10J78vWC)
- 参照: https://www.youtube.com/watch?v
結局、その日の晩になっても警備部長と四科科長を兼務する人物は戻ってこなかった。死臭に紛れながら、味気ない食事を摂っていると何処となく蘇ってくる記憶。
「なんか、しんどそうだね」
余程、サリタは酷い顔をしていたのだろうか。隣で粘土のような携帯食料を齧るグラナーテが問い掛けてくる。彼女の顔付きもどことなく、疲れを孕んでおり頬に付着した黒い油汚れが、それを助長させる。
「……まぁね」
自分は何もしていないが、それでもこの状況は辛い。死臭に塗れ、過去の記憶が蘇ってくるだけでも、その記憶が苛烈である故に自分を苛める。それはグラナーテの隣で、煙草を咥えているクレメンタインとてそうだろう。彼女は疲れ云々というよりも、何処となくやつれているように見える。
「そっちはどうだったの?」
閉口しているクレメンタインに問う。眼鏡の向こう側の瞳が一瞬だけ、サリタを捉える。いつもの苛烈な印象はなく、何処となく憂いを秘めているように見えた。
「……此処は上よりも酷いやも知れん。命は軽く、早い取捨選択を望まれる。サリタよ。——我々の本懐はなんだ、我々は衛生兵として教育を施された兵器だ。最期の最期まで救おうとしなければならないのではないか?」
恐らくは助からないであろう人を救おうとするな、とでも釘を刺されたのだろう。彼女は良くも悪くも職務に忠実なはずだ、故に二十代半ばで大尉まで昇進するに至っているのだろう。しかし、その忠実過ぎる面は、此処では疎まれる原因となるかも知れない。
「そうね、衛生兵の役割はそれで正しいと思うわ」
クレメンタインの考え方は間違っていない。しかし、世間一般的には正しいかも知れない考えも、人成らざる者と戦う常軌を逸した、このアガルタという場所ではイレギュラーな代物になりうる。そう思っていたがサリタは口には出さず、賛同し小さく相槌を打つだけに留めた。
「……それを此処の奴等はさっさと諦めろというんだ。終いには“処理”と称して人間を殺めている。私には信じられん」
“処理”そのフレーズ自体を聞くのは始めてであったが、レスターの言葉がサリタの脳内を過ぎる。グラナーテが青い液体に触れようとした際に発した、体内に入ったら引金を引かなければならない、という言葉を。
「……通報する?」
「彼等の真意を見定めなければならない。私達とて中東じゃ限りなくグレーな事をしてきている。ブラックでない限り、悪と断定は出来ないというのが正直な所さ」
「グレーって?」
「——収容出来ない捕虜や、投降兵を“無かった事”にしたりだな」
クレメンタインの一言にグラナーテの表情は一瞬強張る。そのような事実は表向きには報道される事はない。——日本を除いた軍隊では普遍的に行っているのだが——。
「聞かなかった事にしておく……」
「そうだな、外に出たらお前を“無かった事”にしなければならない」
薄ら笑いのにやけ面をしながら、クレメンタインはグラナーテの頭を軽く叩く。冗談ではあろうが、クレメンタインに言われれば、脅しとしての効果は覿面だったようだ。
「テロリストは人ではない。大凡、全て死ななければならないってな」
追い討ちを掛けるクレメンタインを、呆れた視線でサリタは戒めるが彼女は気にする様子はない。しかし、クレメンタインが言う事を此処の現状に当て嵌めるならば、体制に楯を突き、外部に告発する気がある自分達はアガルタに取ってみれば、テロリストである。もし明るみに出れば、自分達も無かった事にされかねない。
「グラナーテ? この事は内密にね」
「言えないように口を裂いておくか」
にやけ面のクレメンタインは、グラナーテの口に指を突っ込み無理やりに口を広げる。唐突過ぎる凶行に、気が動転したのか目を白黒させながら言葉にならない抗議を唱え、なんとか逃げようと身を逸らすがクレメンタインの追撃は執拗で逃げ切れずにグラナーテは間抜け面を晒していた。
「あなた、そんな事してると自分の口が裂けるわよ」
「それは良い。余計箔が付く」
「……はぁ」
いい加減グラナーテが哀れに思えてきた、サリタはクレメンタインの耳を引っ張る。あろう事は引っ張られている方向に身体を動かし、それと同時にグラナーテの身体もクレメンタインと共に動く。彼女は痛いと抗議をする事もない。
そんな馬鹿げた様子を扉の向こう側から、見ている男が一人居た。“A.Orange”と書かれた名札の男だ。その手には書類が入れられた封筒が持たれている。
「——入りにくいな」
そう呟く彼“A.Orange”は苦笑いを浮かべていた。話に聞く限りでは初対面同士らしいが、一日も経たないうちにかなり打ち解けている様子だ。
手に持った封筒の中身は、辞令なのだが今すぐ渡すのも何だか悪いような気がしていた。明日から、彼女達はすぐに現地任務になる余計な気負いをさせる訳にはいかない。
「——帰るか」
ややくすみ汚れた、ドアのガラスに写った自分の顔には笑みが浮かんでいた。一瞬だけ口の中に手を突っ込まれたグラナーテが助けを求めて、“A.Orange”を見たが、手をヒラヒラと振り助ける気はないと意思表示して踵を返した。
何やら後ろで叫び声が聞こえたのは気のせいだろう。