複雑・ファジー小説
- Re: Subterranean Logos【オリキャラ募集中】 ( No.45 )
- 日時: 2015/11/18 00:05
- 名前: noisy ◆.wq9m2y9k. (ID: 10J78vWC)
- 参照: https://www.youtube.com/watch?v=yK0P1Bk8Cx4
既に深夜は二時を回っただろうか。アガルタは未だ明かりが灯っていたが、人員の活動は最小限に抑えられているらしく、厭に静かだった。時折、身動き出来るオートマタ達の快活な話し声が聞こえる程度だ。何やら映画を見て、興奮しているらしい。時折、歓声と大昔の歌手、ケニー・ロギンスの歌声が聞こえる。恐らくあそこは危険な場所だろう。そんな場所に踏み込む勇気はない。
傍らでソファに凭れ掛かるグラナーテは静かに寝息を立てながら、クレメンタインが掛けたコートに身を包んでいる。最初は煙草くさいと文句を垂れていたが、肌寒さに負けたのだろう。すっかり我が物顔で着込んでいる。その左隣では相変わらず煙草を咥えたクレメンタインが新聞片手に難しい顔をしていた。裏面にはアメリカ大統領暗殺、ウラジオストクでノスフェラトゥとの大規模な交戦があっただの、やや世紀末を感じさせる記事が記されている。一面は想像付かないが、クレメンタインの表情を読み取る限りでは、いい事は一つもないようである。
「ねぇ」
「……なんだ?」
静かに新聞を折り畳むなり、グラナーテの顔にそれを覆い被せるように置くとサリタへと視線を向けた。グラナーテは起きる様子もないのだが、内心なんて事をするんだと毒づき、同時に起きないのかとやや驚きながら、サリタは口を開く。
「此処の事だけど……」
「怖気づいたか」
「えぇ」
「……即答、か」
それを咎めるような言葉を続ける事なく、灰皿に煙草を押し付けるとクレメンタインは余り興味なさ気に眼鏡を外しながら、ソファに大の字になった。女はこのような組織に対して、恐れを抱かないのだろうか。確かにクレメンタインはやや常識外れで、横暴な所はある。——更にいうならば品はない。——しかし、人並みの感情、思考は持ち合わせているはずだ。
「あなたは此処が普通じゃないと思わないの?」
「常軌を逸した物が常になった砂漠から来たんだ、何を今更。——お前もそうだろう?」
やや芝居がかった台詞に感じたが、要約するならば彼女の答えは何も恐れる事はない。たったその一言だった。確かにクレメンタインや、サリタが軍人として活動していた中東は、最早普通の場所ではなく、普通で居られるような所ではなくなっていた。
「君子危うきに近寄らず、とはいうが私達は君子ではない。教養も徳も持ち合わせない兵隊だ。危うきに近寄るのが私達の仕事、その危うきを見定めるってだけさ。まぁ、それ次第では……、といった所だがな」
そう語るクレメンタインの表情にはやや余裕が感じられた。尤も彼女は救うべき人を手に掛ける事は出来ないだろう。しかしながら、アガルタは軍隊ではない、過剰なまでに個を殺し、組織に染まりきる理由はないこれが軍隊ならば、それを強いられたであろうが。
「あなたに付いていけば何とかなりそうね」
「卑怯な物だな。下仕官は何かあれば、尉官をド突き回すが自分で立ち回りたくなければ尉官に頼る。まったく……」
「私、確かに二等軍曹だったけど何処でそんな事知ったのよ……」
「今の言葉で確信を持った、それだけだ」
「流石“大尉殿”ね」
「もうただの一般人だ」
眼鏡を掛けなおしながら、クレメンタインは冷ややかにも見える張り付いた笑みを浮かべていた。よく鉄火場を潜り抜けてきた兵隊がする笑い方である。恐らくは自分も同じような笑い方しか出来ないであろうが、クレメンタインよりも幾分かはマシなはずだ、と言い聞かせながらサリタも小さく“いつものような”笑みを浮かべる。
「なら私も一般人」
「嘘吐け、その笑い方は軍人のそれだ」
「残念ながらあなたも同じ顔よ」
「そうか」
声こそ出さない物の、肩を震わせながら笑っている彼女は何処となく不気味に思えた。どうにも軍人の笑い方以外に、妙な笑い方をどこかで覚えてきたようである。
「眠り姫は多少なりともマシな顔をしているのだがなぁ」
グラナーテに被せた新聞を手に取ると、彼女は静かに眠っていた。オートマタの整備に走り回り疲れたのだろう。放っておくとクレメンタインが鼻を摘むのでは、と内心心配になりながら二人を視界に納めながら、サリタは言葉を放つ。
「あなたと比べたら、誰だってマシよ」
「失礼な奴だ。————所で、サリタ。私とお前とこいつ、三人共違う個人ではあるが我々は共通事項を持っている事に気付いたか」
突然のクレメンタインの問いにサリタは思考する。自分とクレメンタインの共通点は元軍人であり、衛生兵。グラナーテとの共通点は女である、程度であろう。彼女は技術者のようであり、軍人でもなく、医療知識を持つ訳でもない。その逆も然りである。
「……女?」
「お前、やっぱり頭が少し……」
「失礼ね」
クレメンタインに意趣返しをされたような気がし、顔を顰めながら抗議を訴える。尤も抗議を聞き入れる耳を持たず、薄ら笑いを浮かべるだけでクレメンタインは詫びる様子もない。
「私も、お前も、こいつも、なにかを“なおす”人種だった。これは何かの思召しに違いない。——お前はどう思う。サリタ」
「こじ付けね、偶然よ。偶然」
「そうか、残念だ。私は“暗がりの救い主”に感謝したい所だ」
大仰に胸の前で十字を切り、クレメンタインは不敵に笑う。キリスト教徒だったのだろうか。日常の些事を神に感謝するなど、無宗教教徒であるサリタには唾棄すべき愚行に思える。度が過ぎてくれば中東の人間もどきと同類になり得る、紙一重の存在と同じなのではと、一抹の不快感を覚えた。
「勘違いするなよ、私は都合が良い時だけ神を崇めているんだ、根からの宗教人ではない」
「それ一番、性質悪いじゃない」
「そう言ってくれるな。軍人は都合がいい生物だろう? 仕方ない。そういう習性なんだ」
「元、でしょうが」
呆れた表情を浮かべながらも、クレメンタインが狂徒ではなく、教徒ですらない事が明らかになりサリタは内心、ほっとしていた。恐らく彼女は長い付き合いになる事だろう。そんな人物が宗教に染まっているの考えるだけでゾッとする。
「この縁は大切にしなければならないな。何かあったら、お前もこいつも私がどうにかしてやる」
「泥舟に乗ったつもりで期待しないでおくわ」
「あぁ、そうしてくれ」
何処となく穏やかな表情のクレメンタインを見据えながら、サリタは呆れたような表情に笑みを付け加えた。彼女はやや常識外れで、横暴な所で、品がない。しかし、温情を持ち合わせているようである。
彼女が26歳という異例の若さで、大尉に昇進し、佐官の道が見えつつあったというのもそこはかとなく分かりかねるような気がしていた。
「あぁ、それと。サリタ。——眠り姫には言うなよ?」
「さて、ね」
眠り姫——グラナーテは果たして、本当に眠っているのだろうか。と一瞬だけサリタは疑念を抱き、どこか遠い目をしながら、恐らく眠っているであろう彼女を見据えた。