複雑・ファジー小説
- Re: Subterranean Logos【オリキャラ募集中】 ( No.46 )
- 日時: 2015/11/29 23:24
- 名前: noisy ◆kXPqEh086E (ID: 10J78vWC)
朝は普通の人間ならば目覚まし時計に叩き起こされた後、間もなく日の光を浴びる物だと思っていた。しかしながら此処は地下。それは適わない。クレメンタインは俯き、グラナーテはうつ伏せになり寝息を立てている。二人とも寝苦しくないのだろうか、と訝しげに視線を送るも、そんな様子はなく、サリタは二人から視線を外した。
「……まだ5時かぁ」
そうサリタは時計を見ながら呟く。長針は5を指し、短針は3を少し過ぎた程度だ。微かな睡魔が出口を求めて、サリタの口を開かせるがそれを隠す事もせずにやや寝癖で乱れた髪を手櫛で整える。誰も品がないと咎める事はない、それに気楽さを感じながら、ソファに腰掛けた。
ダクトから流れてくる空気に、不愉快な死臭は混じっていない。その変わりに喧騒が紛れていた。主に人の笑い声ではあるが。何が面白い事でもあるのだろうか、はたまたオートマタ達がまたデンジャーゾーンを作り上げているのだろうか。どちらにせよ、赴く気はしない。
「うっさいなぁ……」
悪態を付きながらダクトを見据える。見据えた所で喧騒が止む気配はない。諦観した表情を浮かべながら、クレメンタインが眠りに落ちる寸前まで読んでいた新聞——グラナーテに覆いかぶさっている——を静かに手に取る。新聞の下の眠り姫は起きる気配がなく、クレメンタインのコートに小柄な身を包み、その端を握り締めていた。
新聞記事の内容は相変わらず、酷い物だった。クレメンタインはこれをひたすら読んでいたのだろう。一面には中東のテロリスト、害悪なムスリム達が、ノスフェラトゥ化を促す細菌兵器を開発、運用しているという記事が記されていた。それを用いられた結果、20名余りの兵士がノスフェラトゥを化したらしい。被害を被ったのは、王立陸軍医療軍団、第1装甲医療連隊。クレメンタインの古巣ではあるが、彼女がその連隊に所属していたかは定かではない。しかしながら、古巣が負った傷に彼女は顔を顰め、悼んでいた事だろう。
「ホント、“泥舟”ね」
苦笑いを浮かべながら、自分を頼れと言った彼女の頭に新聞を被せる。
「——んっ……」
一瞬、クレメンタインが短く声を上げる。起きるのではないかと慄いたがそれは杞憂であり、顔を上げる事も、瞳を開く事もなかった。しかし、その様子を何者かがドアの外から眺めている事にサリタは気づく事はなく、扉の外で何者かは小さく笑い声を上げた。
「お嬢さん、そんな事するもんじゃあないねぇ」
突然、背後からサリタの行動を戒める男の声。その声には聞き覚えがある。オレンジと呼ばれた男のそれだった。身じろぐ様子を見せず、ゆっくりと振り向けば彼は封筒を手に今にも死にそうでありげんなりとした青白い顔——昨日よりも酷い——をしていた。
「何か用?」
「辞令が交付されたから、置いとくよ。先に言ってやろうか?」
「いえ、いいわ」
「あぁ、そうかい。ま、今後頼むぜ“ご同胞”」
テーブルに封筒を投げ込み、オレンジと呼ばれた男は言いたい事だけ言って、踵を返し部屋を後にする。これからも仕事なのだろうか、と考えれば寝ていた事が申し訳なく感じられると同時に、少しばかり気の毒に思えてきた。
(……大丈夫なの?)
言葉にこそ出さないが、彼の身を案ずる。あの酷い顔から憶測するに寝ずの番をしていたに違いない。ただの寝ずの番ではない、人の生死に関わりながらの寝ずの番だ。恐らくは精神的な疲労が、肉体に出始めているのだろう。医者の不養生、髪結い髪結わず、紺屋の白袴とはまさにあのような男の事を言うのだろう。自分はあのようにならないと、心に決めオレンジと呼ばれた男から受け取った封筒を開く。
「ふーん……」
中からは簡素すぎる辞令書が三通、まとめて入れられていた。グラナーテは二科に、サリタとクレメンタインは三科への配属が命じられていた。オレンジという男が“ご同胞”と言ったのはそういう意味だろう。形式ばった辞令交付文章に一頻り目を通すと、封筒の下が不自然に膨らんでいた。何が入っているのだろうか、と疑問を抱きながら封筒を逆さにすると、鉄のプレートに各々の名前が印字された名札が、硬質な音を立ててテーブルに落ちる。
「……もう起きてた、か」
顔に置かれた新聞を取り払い、そのままグラナーテの上に置きながらクレメンタインは呟く。プレートの音で落ちたのだろう。話し声では起きないというのに、無機質な音で起きるあたり兵士であった頃の習性が抜けきっていないのだろう。
「おはよう。オレンジさん……だっけ? 辞令持ってきたから。ほら、これ」
「どれ、見せてみろ」
差し出した辞令を奪い取ったクレメンタインは、それを一瞥するとテーブルの上に投げ出す。
「やはりお前は泥舟に乗るしかないようだな」
「……ポンコツの泥舟ね」
「言ってくれるな」
不服を口に出すクレメンタインであったが、彼女はどことなく笑みを湛えていた。その笑みの意味こそ、問う気にもならず、聞いたとて彼女は答えてくれないだろう。