複雑・ファジー小説

Re: Subterranean Logos【オリキャラ募集中】 ( No.47 )
日時: 2015/12/10 21:36
名前: noisy@出先 (ID: 9igayva7)

 彼女が自らを泥舟と称した時から、既に二ヶ月が経とうとしていた。
 自分を泥舟と称したその女は、戦場では苛烈な代物だった。三科でありながら、小銃を担ぎ勇ましく戦い、人が傷つく前に救う。時を同じくして、同胞となった少女はオートマタを直し、それを救う。では、自分はどうだろうか、というのが最近のサリタの悩みであった。そのせいだろう。よく自分の上司——アニル・オレンジという——に大丈夫か、と問われる。今も傍らで書類をまとめながら、彼は疲れた顔を浮かべながら、手と口を同時に動かしている。


「お前さんの同期、大したもんだ。特にヘンツェといったか? あのお嬢ちゃん二科の保守点検要領を改定した上に、オートマタの稼働率を上昇させてる。若くて経験ないはずなのになぁ」
「あの子はおどけてる所があるけども、有能よ。多分頭の回りはシンディーより良いわ」
「官と民の違いさ。サックウェルは官で経験と知識を積んだ。ヘンツェは民のどこかで知識と発想力を培った」

 アニルの言う事はまさしくそうだろう。クレメンタインは官で経験と知識を習性として刷り込まれた。グラナーテは民で自由に知識を身につけ、その中で自由な発想を得た。二人を称すなら鋼と空気とでもするべきだろうか。何れにせよ、突き抜けているからこその能力だろう。

「だがなぁ、連中は馬鹿だ。官特有の融通が利かない馬鹿と、オートマタしか知らない馬鹿だ」
「酷い言いようね」
「そりゃそうだ。俺こないだ聞いて耳を疑ったぜ。ヘンツェの奴に拳銃渡したら、銃口から弾込めたり、セーフティー外して銃口覗いたりしたらしいぜ」
「……嘘でしょ?」
「嘘だったら良いんだがなぁ……。サックウェルもサックウェルだぜ? 使った薬の数を記録取ったり、使用弾薬数の報告をまとめてくる。お前は日本の国防軍かよ! ってな」
「RAMCがそういう教育だったのかなぁ……」
「まさか、消耗品の数気にしてたらまともに仕事が出来やしねぇ。どのくらい使ったとか記録取る必要なんてないんだ。そこにあるか、ないか。もう少しでなくなるか、だけだ。まぁ、確かに軍隊ってのは税金で成り立ってるが、それは国を守るためだ。軍隊の金を削って、国民の命を消耗品にしかねる馬鹿な国はないはずだぜ?」
「あったじゃない」
「あぁ、例の国防軍か」

 そうアニルは苦笑いを浮かべながら、書類をダンボール箱に突っ込み、黒いガムテープを勢いよく、千切り無造作に貼り付けた。雑だ、とサリタは視線を送ったが特に気にする様子はない。

「所でお前さん。大丈夫か」
「また、その話?」
「あぁ、部下のメンタルケアも上司の仕事のうちだ。何か悩んでる事はないか」
「そうね。しいて言うなら二人の同期との差が、少し気になる程度よ」
 アニルに視線を向けず、スピーディーながらも丁寧な手付きで荷造りを進める。今、もし彼に視線を向ければ自分の顔に浮かぶ、陰りを見せてしまう事になるだろう。

「そんな事か。俺からしたら、お前さんはあの馬鹿二人をまとめあげる馬鹿の一人だと思ってたんだがなぁ」
「私も馬鹿扱いかしら?」
「おう、三馬鹿だ。オートマタ馬鹿、融通が利かない馬鹿、微笑み馬鹿。いいだろ? これ」
「私、そんなに笑ってばかりかしら?」

 笑っているという自覚はない。というよりもアニルがつけた馬鹿が、以前オートマタ達が見ていた「全て平等に価値がない!」と大声で叫ぶ教官が出た軍隊に出る人物のような、語感に違和感を覚える。

「あぁ、あの馬鹿二人と一緒の時はよく笑ってるぜ。連中を導く必要はないが、ただ笑ってるだけで充分だ。それで空気が変わる。サックウェルに聞いてみろよ、お前さんいっつも笑ってるぜ」

 それだけ言うとアニルは、三箱重ねたダンボール箱を一気に持ち上げ、呻き声を上げ、よろめきながらサリタに背を向けた。別段手伝おうという気こそ起きなかったが、彼は自分の身体能力を弁えるべきだ、と思い考えていた。



 傍らでテーブルに肘を付きながら、いつもと違う銘柄の煙草を咥えるクレメンタインは厭に荒れていた。彼女から漂う、火薬の匂い。自分も二ヶ月強前まで、この匂いをさせながら街を歩いていたかと思うと、どこか感慨深い物があった。

「今日なんかあったの? 」

 アニルが言う笑み、それを浮かべている実感こそない物の向かい合い、クレメンタインに問う自分の顔は微かに笑みを浮かべている事だろう。

 眼鏡の奥の、どこかキツい瞳はジロっとサリタを見遣り、その瞳の主は溜息を付きながら煙草を灰皿に押し付けた。

「忙しくてな……、少し疲れた」
「あら?」
「RAMCに居た頃も激務だったが、頭を使うのと体を使うのはまた話が違ってくるな……」

 愚痴を吐露するなり、気が抜けたのか灰皿を押し退けて、クレメンタインはテーブルに臥す。無防備すぎる彼女の様相は、なんだか間抜けに写る。

「心の燃料でもどう?」
「お前の国の燃料は、私をズタズタにしていくんだが」
「ビールみたいに飲むからよ」

 二週間前の話である。同期三人が揃い、食堂で飲んでいた。グラナーテは元々あまり飲めないという事もあり、サリタがテキーラを持ち出してきた段階で飲まずに談笑するに至っていたが、クレメンタインはビールを飲むペースでテキーラを呷り続け、最後には前後不覚に陥っていた。翌日は二日酔いだったのだろう、顔色の冴えないクレメンタインがカービンライフル片手に実地任務へ向かうLAVに乗り込んでいた。

「……何も言えん」

 思い当たる節があり、全面的に自分が悪いと悟ったのだろう。叱られた犬のようにシュンとしてしまったクレメンタインをサリタは笑う。二ヶ月前に撒かれた縁の種は、有効という芽を出し、育まれている。喜ばしい事である。

「軍人だった頃はさぁ、命のやりとりをしてたせいか、今みたいに笑えなかったんだよねぇ」
「今も命のやりとりをしてるだろう?」
「まぁ、そうなんだけどね。幾ら悪業を侵す人間とは言えど、銃を向けて殺す重圧があったんだよー」

 テーブルから顔だけ起こして、クレメンタインは声を発さずに相槌を打つ。恐らくは彼女も似通った経験、思いをした事があるのだろう。その表情は厭に苦々しく、いつもの凛々しさはどこにもなかった。

「人じゃないんだもの。全然そんな事ないわ」
「……そうか。——ところで酒はまだか」
「あぁ、はいはい」

 クレメンタインに適当に聞き流されたと、サリタは悪態を付くように席を立つ。彼女の背がクレメンタインからゆっくりと離れていく。その離れていく背を見ながら、クレメンタインは何かを言いたげにし、口を噤んでいた。