複雑・ファジー小説
- Re: Subterranean Logos【オリキャラ募集中】 ( No.48 )
- 日時: 2015/12/12 12:23
- 名前: noisy@出先 (ID: UcGDDbHP)
微かに揺れる視界。酔いが回ってきたと気付いた時には、既に遅くサリタに肩を抱えられていた。これ程まで自分は酒に弱かっただろうか、と疑念を抱きながらも言葉を発する余裕もなく、言葉らしき物を吐いているが、それは言葉にならざる音の羅列にしか過ぎず、サリタの理解に及ぶ物ではなかった。
「何いってんのか、わかんないよ? もう」
そう彼女は顔を覗かせながら笑み掛ける。通路の奥でグラナーテらしき少女が、腹を抱えてながら酔っ払ったクレメンタインを指差し、笑っていたが咎める気力もない。サリタも小さく短い笑い声を上げ、ヒラヒラと手を振るとその少女も手を振りかえし、アタッシュケース片手に立ち去った。既に深夜2時を回っているが、未だにオートマタの修理に勤しんでいるのだろう。
「……若さが羨ましい、な」
「まだ私らも若いよー?」
漸く言葉になった声に、そう切り替えしサリタは笑い声を上げた。酩酊という名のホテルカリフォルニアからさっさとチェックアウトしたい、そんな気持ちが逸ると同時に、気分の悪さから笑い返す余裕もない。
「シンディー、鍵は?」
「……」
言葉を吐く気にもなれず、ワイシャツの右胸ポケットを見遣る。サリタはそこに手を突っ込むなり、鍵以外のも物も引っ張り出す。中にはRAMC時代の兵籍番号が書かれたIDカードと、ガム、普段と違う銘柄の煙草、そして部屋のキーカードがあった。目当てのキーカードをドアロックに走らせる。
「大丈夫? まだいよっか?」
「あぁ」
仕方がないと、サリタは小さく笑みを浮かべドアを押す。古く、立て付けが悪いせいか、ドアは軋み耳障りな音を発すると同時にサリタは、顔を顰めていた。このような音を嫌うのだろう。
クレメンタインをベッドの上に投げ込むように寝かせ、サリタは机に押し込まれた椅子に腰を下ろした。テーブルの上にはクレメンタインがRAMCに所属していた頃の写真と、サリタとクレメンタインが両者真逆の表情を浮かべて肩を組む写真、そしてその横に同期三人の写真が並べられていた。写真の中のグラナーテは幾分背が高く、力もあるクレメンタインが押さえつけるようにして無理やり写真に収められていたが、同期三人が一緒に写っている写真はこれだけのはずだ。
「へぇ、この写真シンディーの所にあったんだ」
「……あぁ」
「後で返すからちょっと、借りていい? 焼き増ししてくるからさ」
「好きにしろ」
横になって落ち着いてきたのか、クレメンタインは顔付も安らぎつつあり、ポツポツと短くだが言葉を発するようになっていた。
了承の言葉を得られ、笑みを浮かべながらサリタはカーゴパンツのポケットにそれを収める。クレメンタインは朴念仁だと思っていたが、こういった物を大切にする人物だと分かり、新たな一面を見られたと思いながら、クレメンタインを見遣る。
「なんかあったら、内線で電話してちょうだい。まだ起きてるから」
「……サリタ」
「なに?」
「少し話がある。いいか」
酒に酔っているからか、それとも真剣な話なのだろうか。厭に据わった彼女の視線に短く相槌を打つ事しか出来ず、椅子に腰を下ろしながら口を開く。
「——えぇ」
クレメンタインは眼鏡を触りながらベッドの上で身を起こす。立ち上がったりする様子はなく、視線は伏せがちだった。決して酔いのせいで具合が悪い訳ではない、これはおそらくメンタル的な代物だと衛生兵時代の直観が告げる。
「……私は今日、初めて“処理”をした。人を殺すのは初めてではないが、仲間だった奴を手に掛けるなんて事は二度としたくない」
「……えぇ」
「だから頼む。お前は死なないでくれ。もし私が、お前を殺めなければならない時が来たら——」
「その先は言わなくても良いわよ。私前線配置されてないから大丈夫。——大丈夫だから」
仲間が人の死に悼み、殺める事に痛みを抱いていたならば、自分が出来る事はアニルが言うように笑み掛ける事しか出来ないだろう。一緒に神妙な顔をしたとて、本当に彼女の痛みを理解出来る訳ではない。理解しているというのならば、それは理解しているという錯覚にしかすぎず、同情でしかない。自分がもし仲間を手に掛ける事があれば、今のクレメンタインの心情を理解する事は出来るのだろうが、そのような事はしたくない。故に理解したくもない。
そう考え及んだ時には、クレメンタインの肩を抱き、宥めるように撫でていた。彼女は心情を吐露する事はあれど、涙を流す事はない。外ばかりが強いハリボテなのだ。
「色々あるわよね、色々」
「……本当だ、本当に色々あるな」
そう短く言葉を交わし、サリタは身を離した。
互いに顔を見合わせる事もせず、互いが互いに余所を見ている。片方は前を見れず悔恨に苛まれ、片方はそんな仲間を見る事が出来ずにいた。
その後は二人とも言葉を交わす事もなかった。いつの間にかクレメンタインは眼鏡を掛けたまま、力尽きるようにベッドに横たわり、サリタはうつらうつらと舟を漕いでいた。
ハッと目が覚めるなり、眠り呆けているクレメンタインの眼鏡を外し、ベッドサイドに置いてはそのまま部屋を後にした。ドアを閉めるとキーロックが為され、施錠音が背後で鳴るのを確認すると、はぁと短く溜息を吐いて自室に至る帰路へと付いた。
帰路の途中、物々しい装備をしたオートマタ達が通路を駆けていく。その中にはハルカリや、シュトゥルム。最近加わったフルートというオートマタも含まれている。
「何かあったのかしらね」
そう一人ごちる。何処となく胸騒ぎがしていたが、酒に酔ったせいだろうと自分を納得させようとしていた。その時だった、車載用の機関銃を台車に載せて、慌ただしく走るグラナーテの姿が視線に入る。彼女もサリタに気付くなり、歩みを止める。
「おーい!! ちょっと来てぇ!」
彼女の呼び声に睡魔を振り払いながら、サリタは駆け出す。一歩、また一歩進むごとに空気は鋭さを増し、サリタの身体を突き刺す。
「どうしたの……?」
「13アガルタで、オートマタベースのノスフェラトゥが出たって……、今救援作戦が発動されててさ! 今一科と四科の一次隊が出たから、0400までに三科の二次隊を寄越してほしいって!」
「科長はもう知ってるの?」
「うん、だからサリタもクレミー叩き起こして連れてきて!」
「彼女、酔っ払って寝てるわよ?」
「いいから! LAVの中で仮眠取って! すぐ! 行って!」
語気を荒げながら、グラナーテは要望を押し付けると機関銃を台車で押しながら走り出す。有無を言わせない彼女の強引さがクレメンタインに似てきたと思いながら、サリタは元来た道を戻りだす。短いはずの通路が、どこか長く感じられ、延々と走っているかのような錯覚を覚えていた。