複雑・ファジー小説

Re: Subterranean Logos【オリキャラ募集中】 ( No.49 )
日時: 2015/12/12 22:46
名前: noisy@出先 (ID: 9igayva7)

 暗闇を走りゆくLAVの座席でサリタは瞳を閉じ、黙していた。銃座に座るクレメンタインは頻繁に他の車両と連絡を取り合い、標的情報を共有し、それを反復するように大声で読み上げていた。何故それをするか。その答えは単純であった。サリタには第二の視野という物が存在する。それはノスフェラトゥ由来の危険な因子を以てして持った特殊な技能というべきであろう。

「ポイントBの情報は正解、FCSに座標を打ち込んで。射撃開始を」
「——了解」

 銃座からの返答が来るなり、イボイノシシの鳴き声のような低くくぐもった砲声が鳴り響く。20mm機関砲を主砲とするLAV故の攻撃。30㎜機関砲を装備するとなれば車体を一度、停止させなければならないが20㎜であれば停止する必要もなくFCSを用いて正確無比な砲撃を浴びせる事も可能だ。

「露払いは順調か、お嬢さん方」

 運転席からアニルが落ち着き払った様子で言い放つ。車内にはアニル、クレメンタイン、そしてサリタしか居らず本来ならば6人で運用するLAVを3人で運用するという異例な事態だった。尤も3人でも全力発揮は可能で、人員を裂き、1台LAVを出すために行っている苦肉の策であった。
 その時だった、銃座の横に置かれたタッチパネルに目を疑いたくなる文章が表示されたのは。送られてきた文章を少しずつ、読み進めるにつれてクレメンタインの顔付は険しくなっていく。

「アニル! 13アガルタ全滅!」
「——そうか」

 僅かな間を持って返答されるも、彼はLAVのアクセルを緩めるような事はしなかった。寧ろ踏みしめているかのようである。その彼の意志はサリタには察する事は出来なかったが、クレメンタインには察する事が出来た。本当に全滅したかは自分の目で確かめなければならない。もしかしたら救える人間が居るかも知れない。もし本当に全滅していたとしても、それでもなお、自分の目で見なければならない。

「俺の都合だ、ついてきてくれ」
「……断る理由はあるまい。なぁ、サリタ」

 クレメンタインの問いかけに彼女は瞳を閉じる。嫌な物を見るかも知れないという恐怖から、膝に置いたカービンライフルのストックを力強く握りしめ、唇を堅く噛み締めている。

 視点は飛んで往く。燃え盛る地底と、バラバラになったノスフェラトゥの死体が散らばっている。更に視点は飛んでゆくと、シュトゥルムがアガルタの外壁にノスフェラトゥを叩き付け、首に手を掛けるなり即座に縊り殺す様が見られ、次の瞬間には頭部を引き抜き、それを地面に叩き付け、それを嬉々とした様子でハリカリが踏みつけていた。飛んでゆく視点はそこで途切れ、アガルタ内部の様子を見る事は出来なかった。

「……行こう」

 ゆっくりと瞳を開きながら、彼女は言う。中が見たい訳ではない。人の死に様を見たい訳ではない。しかし、何かやれる事があるのではないか、と思い至った故の了承。サリタの言葉にアニルは小さく頷き、アクセルを踏み込んだ。


 20㎜機関砲の砲身は弾を発する事なく空転を続けていた。銃座に座ったクレメンタインは、砲身から発せられる熱に苛まれ、額に汗を浮かべている。車内は厭に静かで、サリタは覚悟を決めたような表情を浮かべながらカービンライフルを抱きかかえ、車外のカメラからの映像を黙って、見つめ続ける。

「見えてきたな」

 車体上部からのくぐもった声に促されるように、カメラを操作するとアガルタが見えつつあった。アガルタは真っ赤に燃え上がり、その周囲ではオートマタ達がノスフェラトゥを駆逐していく様が見える。もう既に遅かったのだ。恐らくはアガルタの破壊措置命令が出たのだろう。これでは生存者を発見する事も難しく、内部に侵入する事すらも難しい。落胆したような溜息が運転席から聞こえるなり、ブレーキが踏み込まれLAVは停止する。

「遅かった、か」

 運転席から首だけ出し、振り向いたアニルは苦笑いを浮かべていた。それはまるで自分の無力さに呆れ返り、悲愴に打ちのめされたかのような、得も知れない表情。彼は額を抑え、俯いていた。嗚咽を漏らす訳でも、肩が震えている訳でもなく、彼は涙を流さない。しかし、泣いていた。

「帰ろうか……」
「——そうだな」

 アニルが振り向き、発車させようとしたその瞬間だった。何かが鎧戸を突き破り、アニルの額を穿つ。断末魔を挙げる暇すら与えられず、赤い血飛沫が車内を汚す。

 何があったか分からない、そういった様子でサリタは硬直していた。アニルを穿った何かが運転席で蠢いている。手に持ったカービンライフルを構えるよりも早く、クレメンタインの怒号が車内に鳴り響いた。

「——撃てェッ!!」

 ハッと我に返り、碌に狙いを定めずカービンライフルの引き金を引く。ひたすらに鉛の弾が飛び出し、少しずつ反動で銃口を上に逸らしながらも座席とアニルの身体ごと、何かに鉛の弾を撃ち込んでいく。赤い血に混じる青い血。

 座席から身体を真っ赤に汚した、ノスフェラトゥがサリタを見遣るなり、アニルを穿った触手を繰り出す。それが迫り来るまでの間は厭に長く感じられた。少し、また少しと近づくそれは何処を突き刺す気なのか判断が付くも身体は言う事を聞かない。

——避けられないッ!
 そう思考した時には既に遅く、それはサリタの左胸を穿ち、そのまま床を貫き、燃料タンクまで達していた。触手を伝い、ノスフェラトゥの血液がサリタに振りかかる。

「——っ」

 痛みから声すら出ない。反転した視界は自分の身体が脱力した証なのだろう。引き金を引く指は離れず、明後日な方向に銃弾を撒き散らし、それが燃料に引火するなり車内に炎が上がる。
 漸く銃座から身を下ろしたクレメンタインはその状況に恐れ戦きながらも、車載された散弾銃をノスフェラトゥへ向け放つ。8ゲージのスラッグ弾がその身体を穿ち、青い花を咲かせるとサリタが穿たれた、触手はテンションを失い、その身体は床に倒れ落ちた。