複雑・ファジー小説
- Re: Subterranean Logos【オリキャラ募集中】 ( No.50 )
- 日時: 2015/12/13 00:00
- 名前: noisy@出先 (ID: 9igayva7)
- 参照: https://www.youtube.com/watch?v=ptHdz-z3ess
燃え盛るLAVの中、彼女は皮膚の彼方此方を焼かれながら戦々恐々としていた。私がもし、アガルタの中を見る事が出来たならば。アニルの提案に反対する事が出来たならば、このような結末にはならなかっただろう。アニルの死、私の死、クレメンタインに負わせた傷。全てが口惜しく、情けなく感じられた。だというのに、私は最期まで勝手な事を口走ろうとする。
「……シンディー」
殺して、と。普通なら即死しても不思議ではない胸の傷。だというのに何故私は死なないか。その答えは単純なのだ。人ではなくなってしまう。それ以外の結論は考えられない。
「すぐに出してやる。少し待ってろ」
そう言いながら彼女はストックで執拗に防弾ガラスを叩いていた。蜘蛛の巣状に皹が走るだけで、完全に窓を破る事が出来ずにいた。まるでその非力を嘆くような彼女の表情を浮かべる彼女だったが、私は浅ましく死を嘆願しようと辛うじて動く、口を動かそうとしていた。
「……ねぇ」
「黙ってろッ!! ……モルヒネならそこにある、自分で打て」
彼女の語気は何時になく荒かった。もし今ここで殺してなどと口走れば、何を言われるか分からない。彼女が何をするか分からない。
そう思い至った時だった。身体から痛みが消え、とても軽い物になっていく。それが何なのか想像に容易い物だ。完全に変わり切るまでに殺してもらおうと、私は更に口を開く。
「——ねぇ」
呟いた言葉に一瞬、私は驚いた。とても冷たく、低い声。それが自分の声だとは信じられずに瞳を見開く。終に人でなくなったか。なら彼女は私を殺してくれる事だろう。その証に彼女は、ゆっくりと振り返って瞳を見開きながら、カービンライフルの銃口を向けていた。
「……なんだ、それ」
「ねぇ、シンディー。撃って」
厭に軽い身体を這い蹲らせながら、カービンライフルの銃口に手を掛ける。いつ引き金を引くのだろう、期待の視線を向けながら精一杯に笑ってみせる。
それでも彼女は引き金を引いてくれない。死ぬなという約束を破った私を怒っているのか。彼女は顔を俯け、肩を震わせていた。
——撃って欲しい。殺して欲しい。撃って。殺して。撃て。殺せ!
最早言葉を発する事も難しく、そう思う事しか出来なかった。次第に強くなる死を眺望する感情は、私の身体を少しずつ蝕んでいくようだった。視界に入っている私の手は、人のそれと掛け離れていく。人を救うはずの衛生兵の手が、人を殺すための凶器になる。皮肉なものだった。
「出来ん。許せ、サリタ」
彼女はその言葉と同時に、私の頭をストックで殴りつけた。気絶させようとしたのだろうが、人の身でなくなりつつある私には鈍い痛みを齎すだけ。その痛みは少しずつ自我を蝕んでいく。あぁ、あの人は私を殺せなかった。私はあの人を手に掛けてしまうかも知れない。その事が気掛かりで、無念で、情けなく、とても悲しく感じながら自我を閉じ、最後に聞いたのは聞きなれた彼女の悲鳴だった。
クレメンタインは暫く廃人のように、何も語らずに医務室のベッドで横たわっていた。左頬を抉られ、歯を歯茎ごと数本持って行かれ、顔中包帯で覆われていたのが直接の原因だったが、どうにもそれ以外に心理的な原因があるような気がしてならなかった。
傍らでグラナーテがベッドに伏せ、眠っている。そんなクレメンタインを気遣い続け、疲れて眠ってしまったのだろう。静かに彼女の後頭部を撫でるクレメンタインの左手は、包帯に覆われ痛々しげだった。左頬の裂傷に加え、全身に負った火傷——特に左手の火傷——が酷かった。
「ん……?」
妙な声を上げるも起きる気配がないグラナーテを撫で続けながら、ぼんやりとクレメンタインは壁を見つめる。何がある訳でもない。ただ自分の胸に誓うのだ。今後は誰も死なせない、と。その為には何をしなければならないか。組織体制の見直し、兵站ならび戦力増強。それ以外にもやらなければならない事は山積している。事を為すには上り詰めなければならない、上にだ。
——結局は権力か。
軍を辞めるに至った第二の理由を力として身に着けなければならない、そんな状況に包帯の下で苦々しく笑う。そのためにはグラナーテにも同じ穴の貉となってもらおう。
もう二度と自分と同じ思いをさせる者を作らないために、同じ轍を走らないようにするために。自分が出来る事はそれだけだろう。
「……ふん」
そう心に決めはしたものの、まだ心は歩みだせそうにない。進もうとしても足が前に出ない。今暫くは感傷に甘える事としよう。死に悼み、情けない姿を晒したとしてもサリタは許してくれるに違いない。
(泥船、か……)
我ながらその表現は当てはまっていたようだ。形こそあれど、水に浸かれば沈む脆い船。弱い、あぁ、弱い、と肩を震わせながらクレメンタインは瞳を閉じた。
番外 Invisible Touch End