複雑・ファジー小説

Re: Subterranean Logos【オリキャラ募集中】 ( No.51 )
日時: 2015/12/20 21:31
名前: noisy ◆kXPqEh086E (ID: 10J78vWC)

3.Desperado


 11年前、2108年9月16日。シリア。珍しい雨の中を非武装の戦闘偵察者(以下RCV)がゆっくりと進んでゆく。左タイヤの一つは潰されており、車体は僅かに傾いている。その回りには数名の軽装備な兵士達が小走りで、随伴している——その中にレスター・E・ダンヒルの姿があった。

 彼は雨合羽を身に纏いながら、マークスマンライフルを担ぎ暗闇の中に目を据えながら、歩み続ける。
——敵の姿は何処に。
——殺めるべく者は何処に。
——災厄の運び手は何処に。
 苛立ち、張り詰められた神経は騒ぎ立て——彼が瞬きすら忘れるほどに——見開かれた瞳は、月の明かりを浴びて煌煌と輝いている。彼をそうさせるのは、死に対する恐怖か、はたまた敵に対する殺意か。それとも両方から来るものか。

「……ダンヒル。敵は居たか」

 横目で戦友を見やれば、その男も瞳を見開きながら、微かに歯を鳴らしていた。雨は体温を奪われ続け、体力を消耗しているのか、足取りは微かに重い。何より、彼の口は開いたままで、鼻で呼吸しておらず、口での呼吸をしていた。鼻呼吸よりも温度が高い、口呼吸は白く厭に闇の中で目立ってしまう。

(口を閉じろ馬鹿野郎)

 小声でジェスチャーを交えつつ、そう伝えるも男の口は閉じられる事がない。それほどまでに疲弊しているのだろう。白い息が月の明かりを照り返したならば、敵の狙撃手はまずそこを狙うだろう——レスターならばそうする——そうなれば敵に居場所を悟られ、無線機を使って敵を呼ばれかねない。そうなればRCVは見捨てざるを得ず、兵はそれぞれ散り散りになる。そうなれば全滅までのカウントダウンは3カウントを切るか、切らないかの分水嶺に行き着く。

(助からねぇな)

 ならば。だからこそ。やる事は一つである。
 ふと踵を返し、コンバットナイフを引き抜いては一突き。刃先は男の首、顎の付け根に斜め70度程の角度を付け、突き刺さる。動脈を突いたはずだが、血は噴出す事もなくレスターの手を血で汚す。生暖かいその感覚にも、表情は変わらない。相反し、刺された男は白目を剥きながら血の泡を吐き、呻き声を挙げていた。

(うるせぇ)

 ナイフを右に斬り抜き、シースに収めるなり間髪居れずに喉を握る。指が肉にめり込み、男の首の中で自分の人差指と親指が触れるなり引き千切れば、声すら挙げずに男は膝をつく。気管から風洞に流れ込む風のような音が聞こえていたが、雨音に隠れて消されていく。

「鮮やかだな」

「……うるせぇや」
 一部始終を見ていた別の仲間は、足元に斃れるかつての味方を踏み付けながらレスターに耳打ちをする。まるで仲間でなく、最早人ですらない。そう感じられるほどその男は無反応だった。それどころか殺しの手際を鮮やかだという。

(仕方ない)

 自分達が生き残るため、生きる事を邪魔する者は最早仲間ではない。仲間ではないのなら何か。その答えは単純だ。——それは敵となる代物なのだ。敵は殺め、屠るしかない。そこに温情はなく、手段を選ぶ気もない。

(明日は我が身、か)

 小さく小声で呟きながら、レスターは足元に斃れた“敵”を見据え、痰を吐き掛けた。もう既に気管からの音はなく、その男はぴくりとも動く事はなかった。もう二度と動く事はないのだろう。首から釣り下げられたドッグタグを引き千切ると、それをバックパックに捻じ込む。これを足元に斃れた、それの家族に送り返す訳ではない。“名誉の戦死を遂げられた”などと悲哀と名誉を演出する気などない。この状況下において、死体の正体を明らかにする訳にはいかないのだ。



 漸く日が昇り始めた。朝日に照らされた地面から、湯気が上がり雨合羽の中は不快にじとつく。雨合羽を脱ぐと、RCVの上に投げ込んだ。

 耳を澄ます必要もなく、獣や鳥類の鳴き声、足音が聞こえる。平和な場所であれば、さぞ心地良い場所であろう。しかし、今や此処は敵地のど真ん中。敵の足音、気配、それらは獣や鳥の物と混在してしまう。望ましい状況ではなかった。

「敵さんも必死だろうよなぁ」

 昨晩、“死体”を踏みつけていた男は双眼鏡で、森の中を覗き込みながら語る。敵が必死という緊迫した事柄を口走りながらも、男の口角は吊り上がり笑みを湛えている。異常かつ異様。そう評するのが妥当だろう。男は何かが狂っている——レスターの口からはとてもではないがいえない——そう感じざるを得ない。

「俺等が何を運ばされてるか知ってんかぁ?」
「知るか、俺達の仕事はブツの奪取、護送だ」

 顧客が何を望んだのは、奪取と護送。それ以上の事柄に踏み込むのは危険。何せ依頼主は落日とは言えども米国。今でも世界最大の軍隊と世界で最も有能な諜報機関を持つ。不必要に踏み込めば、消されかねないのだ。

「真面目な事だねぇ。“ジャングルバニー”」

 RCV側面の装甲板から顔を覗かせた白人の女はせせら笑うように言い放つ。彼女は奪取したアタッシュケースを手に取り、ひらひらとその手の上で弄んでみせた。アタッシュケースにはU+2623のハザードシンボルが赤で、デカデカと印字されている。

「うるせぇや。“ホワイトラッシュ”」

 “貧乏白人”と、悪態をついたレスターを他所に女は笑い声を上げていた。耳障りで、耳につく不快な笑い声。顔を顰めながらレスターは林の中を再度、睨み付け敵の影を探しながら、歩を進めた。