複雑・ファジー小説

Re: Subterranean Logos【オリキャラ募集中】 ( No.52 )
日時: 2015/12/25 23:59
名前: noisy ◆kXPqEh086E (ID: 10J78vWC)


 レスター・E・ダンヒルは静かに語る。真剣に耳を傾けるのは、まだまだ年若い新兵達。遠巻きにその様子を見ている科長達——主にクレメンタイン——は「またか」というような冷めた瞳でレスターを見ていた。民間軍事会社に勤めていた頃の話を彼は都度都度、年若い者達に語っている。自分の考えや、主張を押し付けるような事こそしないが、彼の話はやや大袈裟であり、話を盛っているように感じられた。尤も兵隊が武勇伝を語る時のそれと同じ、代物であり自分達にもそれがないとは言えないため、特に突っ込むような事はしなかった。

「それで……、その時の人達って今どうしてるの?」

 興味津々に話を引き出そうとする結衣の瞳は輝いていた。普段は口数も少なく、コミュニケーションを自分から取ろうとしない彼女だったがレスターの昔語りだけには、興味を示す。

「あぁ、俺とあのクソアマ以外は全員死んだぜ」
「クソアマって、“ホワイトラッシュ”の?」
「そういうこった。“イエローモンキー”」
「なにさ“ニガー”」

 互いに蔑称を吐き合いながら、結衣とレスターは笑う。やはり彼は兵隊特有の口汚さがあり、品格に欠ける。しかし自分がそう呼ばれても顔色を変えない度量を持っている。何事も過敏になりすぎず、笑い流せる事は彼の長所の一つでもあるのだろう。

「で。科長。それで何運んでたしょう?」
「ヤンキー共は俺等にNファクターのプロトタイプを運ばせてたんだ」
「……あれって、日本とアメリカの共同開発だって聞いてたけど?」
「本当の所は、ムリスム共がプロトタイプを作って、ヤンキーが奪い取って、それを日本の技術研究本部に投げ込んで作らせたってのが事の真相さな」

 レスターが語る内容に耳を傾けながら、クレメンタインは溜息をつきながら紅茶に口を付ける。確かにNファクターは米国から資金供与を受けた、日本の防衛省、技術研究本部が開発し、実用に漕ぎ着けたものだが、中東のテロリストがプロトタイプを作ったという事は聞いた事もない。また、米国がPMCを使ってそれを奪取したなど、あり得ない。そういった代物を何処の馬の骨か分からず、金で裏切るPMCに任せるはずがない。実際に奪取するとするならば、特殊作戦軍が動くはずだ。

「レスター。……ホラ吹きレスター。若造を誑かすなよ」
「サックウェル。紅茶の飲み過ぎでユーモアも無くなったか?」
「抜かせ、馬鹿」
「馬鹿で結構。なぁ? 小僧共、ちったぁこういう本当か嘘か分からん話も面白いと思うだろ?」
「やっぱホラでしたか?」
「東城、ホラじゃねぇぜ。真実さ。」

 そうレスターは主張するも、虚構と取られても仕方がないと思いながら苦笑いを浮かべていた。彼等は裏側で生きてきた訳ではない。多少の仄暗い道を歩んできた者も居るだろうが、頭の天辺までドップリと裏側に浸かって生きている訳ではない。であれば、裏側の証人が語る真実は全てが虚構に聞こえるだろう。仕方が無い話なのだ。自分をホラ吹きと罵ったクレメンタインとて、生まれは普通の人間。元軍人で、旧友を亡くし、自分の手で殺めただけ。それに葛藤を抱き続ける普通の人間だ。

「えー、信用なりませんよ?」
「テメェ、失礼なガキだな」

 冗談半分でおどけて笑ってみせる陸とてそうだ。元少年兵であり、腕を戦場で失った。クレメンタインよりも暗い所で生きてきたが、ただそれだけだ。少しメンタルが丈夫なだけなのだ。暗がりに浸かって、暗がりだけで生きてきた訳ではない。

「おめぇ等覚えとけよ。嘘の偵察情報流してやる」
「……法廷に行くか?」

 そう口の裂けた女が半笑いで言う。冗談から湛えた笑みは、どことなく凶悪なそれに見える。その印象は間違いではなく、彼女はかつて地上から実情を知らない、机の上だけでの空論を語る監察官を謀り、それの手を後ろに回し、法廷に送り込んでいる。幹部の世界に生きてきた彼女から、すればそういった謀略は容易いのだろう。

「なぁ、“大尉殿”」
「なんだ」
「テメェ等RAMCは、装甲医療連隊を持ってたなぁ」
「……あぁ」

 レスターの問いの意図が分からないが、クレメンタインは小さく肯定の意を示す。勿論、話を聞いている陸や結衣は口を閉ざして、耳を傾けていた。彼女達はこれからレスターが放つ、言葉を誰が予測していた事だろうか。

「2109年、7月5日。装甲医療連隊、どこの大隊か知らんがAW203マーリン4は、随分と大層な物を砂漠に撒いたなぁ。……確か、アレは——」
「——レスター。何処で聞いた? 何処で知った」

 微かに語気を荒げたクレメンタインは、厭に冷たい瞳をレスターに向けていた。冗談から来るどことなく凶悪な笑みよりも、更に凶悪な無表情。個を殺され、組織の狗と躾けられた兵隊の顔。それを見るなりレスターはほくそ笑み、黙ってその冷たい顔を見据える。11年前、殺め合ったムスリムと対峙しているような錯覚を覚える。

「輸送ヘリが人を溶かす、いけない薬を運んでたなんて、とんでもねぇ話だぜ? なぁ、“大尉殿”」
「答えろ。何処で聞いた。何処で知った? ——言え!!」
「なんてこたぁねぇ。その場に居たのさ」

 厭らしい笑みを浮かべるレスターに、一抹の不気味さ、底の知れなさを感じながら年若い者達は視線を外せずにいた。過剰に反応するクレメンタインから判断するに、レスターは多少オブラートに包んでいながら、真実を語っていると思える。もしや、先の彼の話も真実なのでは? という疑問が年若い3人の脳裏を巡り回っていた。