複雑・ファジー小説

Re: Subterranean Logos【オリキャラ募集中】 ( No.53 )
日時: 2016/01/16 18:27
名前: noisy ◆kXPqEh086E (ID: 10J78vWC)

 男は静かに語る。牙を剥くような笑みを湛えながら、語る彼と向かい合う女は顔を顰めた。妙に腹立たしい笑みに、神経が逆撫でされる。笑みというものは人間が獣だった頃、相手を威嚇するために取った表情の名残とされる。あの男の笑みは確かにそんな意図を孕んでいるような気がしてならない。それは向かい合う女以外にも男の話に黙ったまま耳を傾ける年若い者達も同様な意図を感じ取っていた。

「さぞ見てて不愉快だったぜ。白燐弾が可愛いもんだ。幾ら敵対勢力つったって全身の皮と肉が溶けて、骨剥き出しにしながら、もがき苦しむガキを見た時は、連中を撃ち落してやろうかと思った」

 右手で拳銃を作りながら、撃つジェスチャーをするレスター。銃口はクレメンタインに向いていた。硝煙を吹き飛ばすような動作を見せると、不敵に笑ってみせる。

「まぁ、俺等はお前等に雇われて、マーリン4の地上支援をしてたクソ紳士の味方だったんだがな」
「……暗がりに生きすぎだ」
「生憎明るいと目が利かんもんでな。——目を瞑って黙ってる事しか出来やしねぇ」

 ——明るい場所では生きていけない。そう彼は揶揄していた。その言葉がどういった心情から飛び出た物かは年若い3人には理解し得なかった。否、理解する事が出来るほど後ろめたく、仄暗い事に手を染めていないのだ。クレメンタインにはレスターの思いが微かにだが、考え及ぶ事が出来た。自分は人の道に背いた畜生の片棒を担ぎ、それを看過した畜生であるという自責の念にも近い、悔悟の思い。また、それを後進に伝えようという懺悔の念。

「俺にRAMCを責める権利はねぇさ。——サックウェル。俺も悪人だからな」
「……本当に悪人だな」

 気に病むなというレスターは自分を貶めた発言をし、クレメンタインの護身に徹する。それに乗ずるなり二人は顔を見合わせながら小さく笑い声を上げていた。男も女も笑い声を発していながら、顔が笑っていない。その様子がどうにも恐ろしげに見える。それなりの鉄火場を潜らせれてきた陸が不安げな表情を浮かべて、エレンに視線を送れば、その視線を感じ取るなり、明後日な方向を見て気付いていないふりをされると、陸は心外だと言わんばかりに瞳を見開いていた。


 ヘリの両舷に装備されたハイドラロケット弾が、圧縮空気に押されたシリンダがロケット弾を押し出し、耳障りな音を発しながら推進していく。精度は決して良いとは言えない。威力は皆無、壁に突き刺さったり地面に突き刺さったりとそれぞれが彼方此方へと散らばって行く。

「ライミー共、何しょっぼい代物ぶっ放してんだぁ?」

 双眼鏡を覗き込みながら、男は叫ぶ。その傍らにはシリアでレスターに“貧乏白人”と蔑まれた白人の女が小銃片手に興味なさ気に明後日な方向を見ていた。彼女を一瞥するなり、男から双眼鏡を奪い取ってレスターはヘリから攻撃を受けた街を見遣った。街は砂塵に包まれ、全貌は見にくく何が起きているかは分からない。直接的な攻撃でないのなら、RAMCは何を目的としてハイドラロケット弾を街に撃ち込んだのだろうか。何か、直接的に殺傷する代物ではない武器なのだろうか。

「……ケム・トレイル?」
「はぁ?」

 ——ケム・トレイル。かつての陰謀論者達が作り上げた言葉。有害な科学物質を空中に噴霧し、市民を使って実験をしたという妄言から生まれた代物だ。既に100年以上も前に、馬鹿馬鹿しいと一蹴された死語であろうに何故レスターがそれを知っていたかという疑問を男は抱く事はない。厳つく、粗野な見た目に沿わずレスターがインテリ故だ。

「1世紀も前の昔話さ。空中に毒撒いて実験してたって奴」
「人間もどきをぶっ殺すなら、んな事しなくて良いじゃねぇか。ソドムとゴモラみたいにバーベキューにしちまえば良い」

 ソドムとゴモラ。風俗の乱れが原因で神の怒りに触れ、焼き尽くされたという旧約聖書に登場する街。その名を男は口にする。彼のいう事は尤もだ。敵と民間人が混在しているのなら、判別はまず不可能。しかし、敵を排除しなければならないというのなら、全てを焦土にするのが最も手っ取り早い。民間人は居なかった事にすればいいのだ。

「……帰ったら肉食いたいねぇ」
「うっせーよ」

 全く調子外れな言葉を吐く白人の女を一蹴しながら、双眼鏡の倍率を下げ街の全域を見る。砂塵の中に人の気配はなく、マーリン4は上空へと退避し、前傾姿勢を取りながらレスター達へ向かって近付く。どうにも嫌な予感がし、ハイドラロケット弾のポッドを見るも残弾はなく、溜息をついて胸を撫で下ろした。

「奴さん、来るぜ」
「悪い事はしねぇだろ」
「さぁねぇ。野蛮な紳士だからぁ? 危ないかもよぉ?」

 そう白人の女は軽薄な言葉を吐いて、笑っていた。どうにも頭のネジが緩み、4、5本抜け落ちているようだが腕は確かな戦友だ。シリアで殺した男のように邪魔だからと“処分”は出来ない。

「いい加減メンタルクリニックに通ったらどうだ」
「あんたもねぇ」

 売り言葉に買い言葉とはこの事だろう。矢継ぎ早に言い返される。女はピックアップトラック——ハンヴィーに類似——の荷台に乗り込み、太陽を避けようと幌の中に隠れてしまった。

「……真面目に病院いかねぇとなぁ」
「頼むぜ。連れて行ってやれ」
「また力ずくかよ」
「歯を食いしばれぇ! 二等兵!! ってな」
「冗談じゃねぇや」

 男は勘弁してくれと、肩を竦めながらピックアップトラックの運転席へと向かう。以前、彼女を精神科に連れて行った際、病院の受付嬢をレスターが吐いた言葉のとおりに叫びつけ、急に殴りつけたのだ。受付嬢が敵に見えたらしい。そんなネジが緩み、何処かに落としてしまった彼女は、すれ違い様にヘリのドアから身を乗り出したRAMCの兵士に手を振っていたが、彼らは何のアクションもなく何事も無かったかのようにレスター達の頭上を通り過ぎていった。

「愛想ねぇよなぁ」
「紳士共はお高く止まってんのさ」

 男はヘリの後ろ姿を見送りながら、ドアに手を掛けたまま立ち尽くす。

「……愛想ねぇ位ならアイツの方がマシだ」
「歯ァ、食いしばれ。ってな」
「冗談じゃねぇや……」

 げんなりとした様子で男は何処か遠い目をしながら、運転席に腰掛ける。間髪居れずに甲高いエンジン音が鳴り響き、矢継ぎ早に唸り声を上げていた。助手席にはドアがなく、変わりに索が張られている。それを跨ぎ助手席に腰を下ろすと、シートが日光を浴びて異常な程に加熱しており、居心地の悪さにレスターは顔を歪めた。

「ケツが焼けそうだ」
「はっ……、バーベキューには少し気が早いぜ」

 何処からともなく、耳障りな甲高い笑い声が聞こえたような気がしたが、溜飲を抑えレスターは頭を垂れた。