複雑・ファジー小説
- Re: Subterranean Logos【オリキャラ募集中】 ( No.54 )
- 日時: 2016/01/19 23:59
- 名前: noisy ◆kXPqEh086E (ID: 10J78vWC)
街は異常な状態だった。人の気配1つせず、まるで街が全て死んでいるかのようだ。転がっているのはマーリン4が放ったハイドラロケット弾の破片だけだ。
「人っ子1人居やしないな」
「妙だねぇ……。呼吸音も聞こえない」
「普通は聞こえねーよ」
頭のイカれた女と男は言葉を交わす。確かに人の気配1つせず、足音もない。呼吸音についてはレスターは感知出来なかったが、彼女が言うのなら間違いないだろう。頭と精神はおかしいが、聴覚や視覚、嗅覚といった感覚は鋭い。
「……ごめんよぉ。嘘ついた。あそこ居る。呻いてる」
間延びした物言いで彼女は建物の二階を指差す。レスターには呻き声が聞こえず、妙だとは思いこそしたが、小さく頷くなりマークスマンライフルのコッキングレバーを引いた。
ドアを蹴り飛ばし、レスターは左を、女は右へと躍り出る。人の姿はなく、そこには白骨が横たわっていた。僅かに残った肉はまだ血に濡れ、千切れた血管が顔を覗かせていた。
「まさかさぁ、ノスフェラトゥが食った?」
「馬鹿言え、冗談じゃねぇ。もしそうだったら、今すぐ帰ろうぜ」
「見るまで分からないだろ」
足元に斃れた白骨には目もくれず、レスターは階段に足を掛けた。その時、微かにながら呻き声が耳に飛び込む。表情が強張り歪むレスターだったが、それは全員に共通するものだった。戦場では臆病すぎる程が丁度いい。苦悶の声、悲鳴だったとしても気を張り詰めさせるべきなのだ。
(……先行する)
声を発さず口を動かし、手で2人を招く。招かれた2人は息を殺し、足音も立てず歩みを進めた。階段を登りきれば、そこには更に白骨が横たわり、その奥には異様な物が横たわっていた。
「おい、ありゃ……」
「やっぱ食われたんかねぇ」
「……中から食うノスフェラトゥなんて聞いた事ねぇぜ」
3人の視界の前に現れたのは、腹部をまで食われ少しずつ、白骨を曝していく少年の姿だった。まるで身体が溶けていくように文字通り消えていく。レスター達の姿を見るなり、少年は叫び声を上げ誰かに助けを求めていた。アラビア語は理解し得ない。
(うるせぇな)
少年が叫ぶのならば、まだどこかに隠れているかも知れない敵に位置が悟られる。それだけは避けなければならない。ならばやる事は1つだ。腰のホルスターに納めた拳銃を引き抜く。
「ほら」
「……おう」
手渡されたのはサプレッサーだった。銃口にサプレッサーを取り付けながら、ハンマーを起こす。彼には死んでもらわなければならない。信じる神の許に逝け。そんな事を思いながら、引き金を引いた。それが後の後悔となるとは露も知らずに。
砂漠の記憶、それは忘れがたい代物だった。砂に吸い込まれ消える赤い血液、血液を失い青ざめる死体。真っ赤に染まった肉の塊。肉から覗く白骨。それらが瞳を閉じ、眠りにつく度にフラッシュバックされる。忘れ難き記憶はレスターを何時までも苦しめ続けていた。一度見た物を忘れられないが故の苦悩。それは夢であったとしてもだ。
時刻は既に深夜の2時を回っていた。年若い3人は日中の職務や訓練に備え、1時間程前には寝床に戻ったのだが、レスターとクレメンタインは隣り合いながら酒を呷っていた。レスターの傍らには徳利に入った日本酒——猪口はない——があり、クレメンタインはいつもどおりのスタウトだった。
「俺等が街に入った時、そいつは酷いもんだった。彼方此方に死体が転がっていて、皆例外なく肉がなかった」
「……お前、さっき苦しむガキを見た、と言ったが?」
「あぁ、見たさ。ソイツは死ぬ途中だった。内側から肉が溶けてくんだ。あんなに苦しんで死んだ奴を見た事がない」
内側から肉が溶ける。それはクレメンタインが聞き及んでいたRAMCで使用した兵器の効果と同じだった。厳密には内側から細胞を食い荒らされるのだ。人体を食い尽くすナノマシンを大気中に散布し、体内に侵入するなり捕食を開始し、捕食を終えるなり消滅する代物だ。その様子がレスターの目には肉が溶けるように見えたのだろう。
「酷いものを見たさ。だが……、俺等はそれを見ても助ける術を持ってなかったんだ。殺す銃は持っていても人を助けられない、クソよりもタチが悪いならず者さ」
そう言い放つなり自棄になったようにレスターは徳利に入った日本酒に口を付けた。その様子を見て、思わずクレメンタインの顔付きは引きつる。日本酒の辛さが苦手なのだ。
「なんつー顔してんだ」
「お前の非常識な飲み方に引いてるだけだ」
「サリタと比べりゃ可愛いもんだ」
「……まぁ、アイツは」
旧友はもっと酷かった、その記憶が蘇る。一人潰して、また一人。また潰しては、また一人。彼女に絡まれ最悪な翌朝を迎えた輩は大勢いた。クレメンタインも、レスターもその一人だ。
「——なぁ、サックウェル」
「何だ?」
徳利を手に持ったまま、レスターはクレメンタインを呼ぶ。普段、人に話しかける時は視線を外さないレスターの珍しい行動に、クレメンタインは視線を外せずにいた。
「俺は何時になったら、明るい所を大手を振って歩けるんだろうなぁ」
——明るい場所では生きていけない。そう揶揄した彼は、暗がりから正道を歩む人間達を見ていたのだろう。それが羨ましくあり、それと同時に自分の生き方、行動を恥じていたに違いない。皆は明るい場所から暗がりに身を投じたが、レスターだけは暗がりから暗がりに身を投じているのだ。彼の前に広がる、暗闇は一寸どころでは済まないだろう。暗闇は生きている限り続く、どこまでもどこまでも。
「一生無理だろうな」
「ひっでぇ」
からかうように返答するなりレスターは抗議の声を挙げながら笑っていた。いつになったら日向を歩けるかなど、誰にも分からない。暗がりに首まで浸かっているのだ。そう簡単に過去を清算できるはずがない。
「なーに、昔より今だ。私もお前も、陸やエレンだって日陰者だ。変わりないさ」
先のレスターと同様、クレメンタインは自分達を貶めたような発言をしては、レスターの肩を押す。気にするな、と。恐らくはレスターにとって、気休めにもならない言葉だっただろう。しかし、クレメンタインにはそう言うしか選択肢はなかった。沈黙は美徳ではない。言葉には言葉で応じなければならないのだ。