複雑・ファジー小説

Re: Subterranean Logos【オリキャラ募集中】 ( No.55 )
日時: 2016/02/12 21:48
名前: noisy ◆kXPqEh086E (ID: hAr.TppX)

 根からの悪人、ならず者という物は存在し得ない物とレスターは考えていた。己はどこで正道から道を違え、畜生の片棒を担いだのだろうか。奪い、殺めそれを生業とした故に己はその記憶に延々と苛まれ続ける。これがイエスやアッラー、ブッダが科した贖罪の苦しみだとするならば、幾分酷な話で、一層のこと死んだ方がマシなのでは? という疑念すら宿る。ただただ生きる間は苦しみ続けろ、というのであれば今生は単なる地獄である。

「一科長。どこを見てるのでしょうか?」

 静かな口調で男——パーヴェル・ムラヴィヨフ=アムールスキー——は問う。口調に相反し、彼が担いでいるのは「OSV-96」と呼ばれる対物ライフルを祖に持つ代物で、長大な銃身と異常なまでに巨大なボディが目を引く。ノスフェラトゥにそれから放たれる弾を当てれば文字通り“粉”になってしまうような代物を持つ、彼の問い掛けにレスターは反応するが、言葉は発さずHMD越しに真っ暗な闇を見据えていた。

「……まぁ、いいでしょう」
 呆れたようなパーヴェルは対物ライフルのバイポットを展開し、横たわるとスコープのカバーを外して、それを覗く。スコープの向こう側にはミニガンを担いだハルカリ以下3機のオートマタと、一科のオートマタが同様3機展開していた。

「おい、イワン。連中を撃つんじゃねぇぜ」
「からかわないで下さいよ」

 レスターが装着しているHMDや、オートマタ達の視覚情報が次々とコンタクトレンズに同期され、表示されていく。その内容を読み取る限りでは、ノスフェラトゥの反応はなく引き金を引く必要はない。即ち誤射の心配もない。

「……外したらシベリアで木を数えてもらう事になるからな」
「いつの話ですか、それ。ジュガシヴィリはもうとっくの昔に死にましたからね」
「冗談の通じねぇ奴だ」

 そうレスターはパーヴェルの肩を叩くと、HMDの視覚倍率を下げる。視覚倍率を上げすぎると目が疲れるためだ。

 ジュガシヴィリ、またの名を“ヨシフ・スターリン”と言う人物は既に200年以上も前に死亡している。晩年、猜疑心に駆られ多くの有能な人物や、民間人を粛清したとされる暴君。彼は死を迎えるその時まで、自分が殺めた者達のことを覚えていただろうか。その答えは恐らくノーだろう。今となっては、調べる術などないが死を忘れられる、悪い意味で強靭な人物だったに違いない。かつての独裁者のように、強い心を持てれば今の“生き地獄”はさぞ生ぬるい代物になっていただろう。

「厚顔無恥な大悪人。それがかつて国を率いてたなんて考えるとゾッとしますね」
「二次大戦はそういう馬鹿共が殺し合った訳だからな、また同じような連中が出揃ったらまた起きるぜ」
「四次大戦ですか」
「……人間にそんな事してる余裕ないけどな」
「本当ですね」

 もし次の戦いが起きたならば、人間はNファクターを使うだろう。更には第四世代オートマタが戦場に出る事となる。死者の数は二次大戦の比ではないだろう。それをしてしまった時、人間はノスフェラトゥに地上を明け渡す羽目になる。それだけは避けたい。万物の霊長であり、君臨者たる人間がその座を明け渡す程、欲が浅いはずがないのだ。

「……カミナリ転びましたね」
「ドンくさいな」
「えぇ」
 
 アガルタのオートマタ達を見る限りでは、そこまで攻勢的には見えないが彼等は思考ルーチンを書き換えれば、ウォーモンガーに成り果てる。そうなれば人間では手に負えない。今のオートマタ達のユーザーは各科長であり、思考ルーチンの書き換えを執り行う立場であるが、もし戦時徴用されたならば、彼等の自我を殺す事が出来るだろうか、と一抹の疑問を抱いたがそれを頭から振り払い、レスターはマークスマンライフルのコッキングレバーを引いた。

「何かいましたか?」
「いんや、極東の古い言葉、備えあれば憂いなしって奴だ」
「石橋を叩いて渡るって奴ですか」
「……叩き過ぎてロンドン橋、落ちた。ってな」
「……銃弾撃ち込め、レイディ・リー」
「さいで」

 象のお喋りのような、全く意味のない言葉の羅列。レスターとパーヴェル
以外の者からはそう聞こえる事だろう。しかし、彼等はこのやり取りだけで次の行動を意思疎通できていた。パーヴェルが覗く対物ライフルのスコープの向こう側には、ノスフェラトゥの姿があった。多重の関節を持ち、地を四足で伏せていながらも、人の頭部のような突起を持ち、瞳と思しき窪みは一つだけ。鼻と思しき物体は厭に上向きで、その穴からはメキシコサラマンダーのエラのような物が姿を覗かせている。人間ベースであろうが、既にノスフェラトゥと化したならば救い様はない。せめてもの情け、今後のため殺してやるのが筋である。

「距離1200、風量なし。他敵影なし、排除せよ」
「了解」

 右手でスコープの照準調整を行いながら、空いた左手でコッキングレバーを引く。レスターのそれとは異なり、重苦しい音を発したそれがどうにも、無言の殺害予告のように聞こえ、レスターは苦笑いを浮かべた。

 これで殺せば、どんな奴も苦しむ間もなく、死んだ実感すらなく死ぬ。ノスフェラトゥも、人も、オートマタも。例外なくそうなって死ぬ。命を奪う事がある戦場においては、最も人道的な銃器だろう。どこにあたっても死ぬのだ、無駄に苦しむ必要はない。

 そんな事を考えていると、破裂音が木霊しレスターを思考の渦から、現実へと引き戻す。HMDでノスフェラトゥの姿を確認すれば、身体は内側から破裂するように引き裂かれており、彼方此方に内臓や骨、青い血液を撒き散らしていた。

「イワン、良い腕だ」
「……でしょう?」

 最初から相手が人間ではなく、ノスフェラトゥだったのならばパーヴェルのように一つの躊躇いもなく、殺めた事を誇れただろう。仕事とは言え、人間を殺めた事は誇りに思えず、目の前で静かに笑う年若い男が厭に羨ましく思えていた。