複雑・ファジー小説

Re: Subterranean Logos【オリキャラ募集中】 ( No.56 )
日時: 2016/02/27 23:56
名前: noisy ◆kXPqEh086E (ID: hAr.TppX)

 昨今、ノスフェラトゥという化物が現れてから人間は手段を選ばなくなったとレスターは感じていた。それはつまり、道徳を捨て始めた事を意味する。道徳、子供のうちから刷り込ませ、教育の一環とし社会に不適合な者を作り出さんが為の、心の抑止力は既にその価値を失っていた。
 しかし、一旦道徳を失っておきながら、その抑止力を取り戻す者もいる。見たくもない物を見て、惨状に心を切り裂かれて。——レスターのように——

 結果、ある女は塞ぎ込み精神を病み未だに、病床でうわ言を呟いている。ある者は自らの行いを悔い、地底に身を潜めた。ある者は自責に耐え切れず散弾銃を口に咥えて引き金を引くという、壮絶な自死を選んだ。

 人の業は深い、深すぎて覗き込んだはずの深遠が、此方を捉えきれない程だ。人間は恐らく、これからもその深すぎる業に身を窶して、その道徳、心の箍を投げ捨て続けるだろう。そして、道徳を失った「ならず者」達の中、一定の割合で道徳を取り戻し、一定の割合で心の歯車を壊す者達が現れるに違いない。

 ある英国陸軍の元大尉は、軍の狂った規律と道徳に肩は愚か、首まで浸かり、最早まともな道で生きていく事が出来ない。あの女が狂った砂漠から、ロンドンのウェストミンスターでビジネススーツに身を包む事を選ばず、狂った砂漠から狂った暗がりに身を落としたのは、まともに生きられないからだろう。ある米国陸軍の元二等陸曹も、日本生まれの元少年兵も、機械仕掛けの兵士達も、ロシア生まれの元警察官も、皆が皆そうだ。そうであるからこそ、友を失っても、自分の身体の一部を失ったとしても、この暗がりに縋り続ける。日の光の下で生きられる程、前を向けないのだ。

 スピーカーから流れる音楽は奇しくも「ならず者」に問いかける。「いい加減正気に戻っても良いんじゃないのか」と。その語り掛けに対する応答は一言「正気になど戻れない」だった。暗がりで鉛弾を撃ち続け、そうして敵を殺めて喜んでいる限りは。例えそれが自分を傷つける事となったとしてもだ。決してレスターの前に広がる、テーブルの上には色とりどりのカードなどは無かった。危ないダイヤのクイーンも、堅実なハートのクイーンもそこにはいない。気付いたら手元にあったのは、死神の切り札、スペードのエース。たったその1枚だった。

 仏教の教えに“生まれ生まれ生まれ生まれて、生の始めに暗く。死に死に死に死んで 死の終わりに冥し”という言葉がある。これは人間は輪廻転生を繰り返すという意味である。であるならば、此処でどれだけ生まれ、どれだけ死んでも人間は同じ道を辿る。そうなれば、どの時代にも自分達のような者が存在すると考えられた。

 スピーカーの音楽は「君達は厭に頑固だ」と苦言を呈していた。恐らくこの音楽を作った「鷲」は、こんな思いをした事がなく、正道を歩んだ高潔な「鷲」だったのだろう。気分を害されたのか、レスターはスピーカーの電源を落とす。3度目の諭すような語り掛けは発される事はなかった。
 
 レスターの気は、重く陰鬱とした物に変わっていく。どんな時代でも、こんな思いをする者が居るのか、と。微かに鼻につく硝煙が、自分の精神を蝕む。時代が違えば返り血の匂いで精神が蝕まれていったのだろう。正なる道では生きていけない。「ならず者」にはそれを選ぶ権利はない。選べないのだ。
 
 生来の「ならず者」など存在はし得ない。一体、どこで道を違え「ならず者」へ身を窶したか。この暗い地底には空はなく、眺めながら「ならず者」が頭を悩ます事すら出来ない。この地底はそれを許してくれない。

 ふと、時計を見やれば時刻は11時を指していた。あと1時間もしない内に、哨戒任務に出掛けなければならない。オーダーは「ノスフェラトゥを発見次第駆逐」という短い文言のみ、駆逐要領や、交戦規定は一切示されておらず、最早軍隊でもない各々の得物を持った烏合の衆が地底を闊歩しているようにしか思えなかった。

 地底に棲む「人にあらず者」と地上から来た「ならず者」が、互いに否定しあう時代は延々と続く事だろう。どちらかが尽きない限り、延々と向こう100年でも200年でも続く事だろう。奇しくも争い続ける人間と人間の関係と同じ。互いが互いを否定し合い、血を流し合う。夥しい死体の群れを作り上げて、道徳を失った「ならず者」達が彼方此方を得物を片手に闊歩する。——女も、子供も、年寄りも関係ない。敵と思しければ撃ち殺せ、正規の軍人じゃないなら何をしても構わない。お前等が何をされても構わないが——ふと、脳裏に浮かんだある英国陸軍の指揮官がレスター達に向けて言い放ったその言葉。最早正気など持ち合わせていない。


恐らくは人間全てが「ならず者」になり得る素質を持ち、一歩を踏み出せば人の正道から足を踏み外した畜生と成り果てる。もう二度と戻れない境界線の向こう側から「ならず者」の卵を見つめ続け「あらず者」を殺め続ける事としよう。

 最早、地底の「ならず者」にはそれしか残されておらず、それしか選ぶ事が出来ないのだ。

3.Desperado 完