複雑・ファジー小説
- Re: Subterranean Logos【オリキャラ二名募集中】 ( No.6 )
- 日時: 2015/08/23 18:23
- 名前: noisy ◆.wq9m2y9k. (ID: sFi8OMZI)
- 参照: http://www.kakiko.info/bbs2/index.cgi?mode
バンデージに覆われたミイラのような女が頬から大量の血液を垂れ流す。その女は小銃を掲げ、静かに歩む。白いワイシャツのは所々、焼け焦げ、その下から薄っすらと血が滲んでいる。その後ろを同様の足取りで歩む、フルートは複雑な表情を浮かべていた。その理由は辺りに斃れる同胞達と、彼女の怪我の具合を案じてだった。
「何をしている。フルート、さっさと戻るぞ」
「……あ、あぁ」
猛犬のように鋭い瞳を向け、彼女はフルートを睨み付けた。斃れた死体に対し、動じる事もなくそれを跨ぎ目もくれない。彼女が興味を持つのは、死体となったかつての仲間が遺した、まだ使える銃と自分の小銃と同じ弾を使用している小銃だけだった。時折、しゃがみ込みそれらを拝借する彼女に対し、一抹の不快感を抱く。
「何を突っ立ってるんだ。お前も持て」
押し付けるようにフルートに小銃と散弾銃を投げ付ける。それを受け取るなり、肩に掛け、背後を見据えた。
「化物共は追って来てない。追って来たとしても、我々は襲われない。案ずるな」
「なんで分かる…? 」
「足元に餌が落ちてるだろう」
死体をぐるっと見回しながら、女は仰々しく言い放った。なるほど、この女は嘗ての味方すら捨て駒にし、彼等の死を踏み躙る形で、自らの生を選ぶような女なのだろう。そうフルートは思いながら、小さく鼻で笑った。
「人間ってのは冷たいものだ。…仲間の死を悼む気すらないのか」
「残念ながらそんな気はない。死んだらただの肉の塊だ」
彼女の言う事は尤もなのだろう。人間は生きているからこそ人間で、死んだらただの肉の塊になってしまう。それを悲しむのはお門違いなのだろうか。フルートは顔を伏せながら、彼女の後ろをただただ付いて行く。時折、前から聞こえる血の滴りが、厭に生々しく、精神を蝕んで行く。
「サックウェル。問題ないのか」
「問題だらけだ。彼方此方痛むさ。ただ死ねばこの感覚は分からなくなる。これは生きている証だ」
痛みを生きている証、そう彼女は称した。ならば、痛みという感覚を持たないオートマタというのは生きていないのだろうか。彼女からすれば既に死んだ、何かの塊が自分の背後を着いて来ているだけにしか過ぎないのだろうか。と、なれば彼女は意図も容易く自分を見捨てるのではないのだろうか。そんな思考が過ぎっていた。
「サックウェル。…少しいいか? 」
「あぁ、手短にな」
彼女は振り向く事もなく、ただただ歩みを進める。時折、頬を血まみれの手で押さえているが、止血になるはずもなく、手は更に赤く汚れ、ワイシャツと小銃までも汚している。それ程、血に濡れれば手が滑り、いざという時の対処が上手く行かないだろう。
「…サックウェル。生きるためなら、味方を見捨てる事が出来るか」
「その答えはノーだ。生きてる限りは見捨てる訳がない。一人でも多ければ生存出来る確立は高くなる。死神も嫌がって近寄ってこないさ」
「なるほどそうか…。……どうした? 」
ふとクレメンタインは歩みを止め、首だけ振り向き、フルートに対し張り付いたような笑みを見せた。どうにも得体が知れず、恐ろしげに感じる。まるでノスフェラトゥが目の前に佇んでいるかのような威圧感に、本来持ち得ないはずの恐怖という感覚に苛まれる。
「——だがな。お前等オートマタは別だ。お前等は私達人間の為に生まれた、作られたのだ。お前は人間に身体を与えられ、仮初の命を授けられた作り物だという事を良く覚えておけ」
まるで味方ではない。仲間ではない。というような意思表示に、一種の怒りのような物を抱き、怒気を孕んだ視線をクレメンタインへと向けた。その視線に小さく笑い声を漏らしながら、レンズの欠けた眼鏡を少しだけ上げると口を開いた。
「オートマタ。図に乗るなよ、お前等は簡単に壊せるという事をよーく覚えておけ」
胸のポケットから取り出された小さなリモコンを見せつけ、小さく笑い声を上げた。頭部に内蔵されたICチップに高圧電流を流し、記憶媒体を焼き切る事で強制的に活動を止めるそれを見せ付けられ、フルートは小さく舌打ちをする。
「なに、冗談だ。確かにお前等オートマタを酷には扱うが、人間よりも頑丈だからだ。それにコイツはLAVのエンジンスターターだ。お前をどうこうしようって気はない。馬鹿者め」
「…はぁっ!? 」
声を荒げるフルートに背を向け、クレメンタインは悪魔のような高笑いを地底に響かせた。何が愉快なのか、それが解せずやり場のない怒りに苛まれながら、彼女の背を黙って追い掛けた。
「サックウェルはそういう人間だ。死んだらそこまで、悼む気すらない」
一頻り語り終えるなり、フルートはまた俯いて膝に置かれたM1A1を傍らに置きなおした。思い出すなり、行き場の無い怒りが彼女の脳裏を過ぎるのだろう、右足を小刻みに動かし、左手が微かに震えていた。短気は損気とよく言うが、怒りによって本質が見えなくなってしまっているのだろう。朝時雨は内心、フルートを青いと笑みを浮かべ、アクセルを踏み、軽快に加速してゆく。
「五科長は確かに変り者だが、それ程悪い人間でもなかろう? 」
「ブッチャケ言葉が悪いだけじゃん」
「冷血だからあの立場に居られるのさ。別にMIA認定されてても困る事ないし、死人が生きて帰ってきた程度だよ」
周囲からの声にフルートはまた、苛立ちを孕んだ視線を向けている。それを見てヴァルトルートは満面の笑みでリモコンを見せ付けた。それを見るなり、フルートは一瞬怯んだが、ふと思い当たる節があったのか、静かに立ち上がり、ヴァルトルートの手元に握られたリモコンを奪い取る。
「……おい、お前」
「へっへっへっへ……。バレた? 」
台風娘は怒り狂い、日本かぶれはバツの悪そうな笑みを浮かべながら、襟首をつかまれ揺さぶられていた。その光景を見て、朝時雨は小さく笑い、陸は困った表情を浮かべ、すっかり解れた緊張に一抹の居心地の良さを感じていた。