複雑・ファジー小説
- Re: Subterranean Logos【オリキャラ二名募集中】 ( No.7 )
- 日時: 2015/04/20 00:05
- 名前: noisy ◆.wq9m2y9k. (ID: vnwOaJ75)
- 参照: http://www.kakiko.info/bbs2/index.cgi?mode
薄ら痛む口元を擦りながら、クレメンタインは台帳に二本線を引いていく。一人、二人、三人、四人。その数は次々と増えて行った。そして彼女が東城陸の名に二本の線を引き終えると同時に、彼女は天を仰ぎ溜息を吐いた。
天井でシーリングファンがゆっくりとした速度で、静かに回っている。その様子がまるで、彼等が居なくなってからも何も変わらず、平然と回り続ける社会の縮図のように見えた。しかし、それが普通な事なのだ。何処かの誰かが死んだ所で、世の中は気にする事もない、著名な為政者が死んだのならば社会は多少、悼むだろう。しかし、今回死んだのは命を投げ打った兵士なのだ、誰も悼む気はない。
「——また、減ったよ。サリタ」
やや憂いを帯びた表情を浮かべ、小さく呟き、机の上に置かれた写真を見つめる。そこにはまだ二十代半ばの自分と肩を組み、満面の笑みを浮かべた女の姿があった。名はサリタといい、肌はやや浅黒く、整った目鼻立ちからしてラテン圏の生まれだと分かる。相反し、写真の中のクレメンタインは今のような凄味こそない物の、不機嫌そうな顔をしてカメラマンを睨み付けている。肩から吊り下がるカービンライフルで今にも、撃ちそうな様相だ。
そんな片方の被写体のせいで、決して良いとはいえない写真を手に取り、クレメンタインは小さく鼻で笑った。彼女にまた戦友が減ったと愚痴を吐いた所で現状は一つも変わらない。
死んだ者は戻ってこないし、新たな者を迎え入れる準備も必要である。此処で立ち止まっている暇という物はない。そう頭の中で分かってはいる物の、心が歩みだそうとせず、中々付いて来ない。
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、写真をゆっくりと置き、代わりに電話機を手に取り、ダイヤルを回した。こういう時はお喋りな部下と時間を潰すのが正解なのだろう。
案の定だった。守衛業務を終えたばかりのミッターナハヅンネはベラベラと喋り続けている。肩から吊り下げられた短機関銃を見て、一瞬ギョッとした表情を浮かべる者達も居たが、セーフティーが掛けられているのを確認すると安堵した表情を浮かべ、そそくさとその場を後にする。
ミッターナハヅンネに絡まれると面倒なのだ。ただでさえお喋りで、他愛もない話をベラベラとして、二時間、三時間を掻っ攫う性質の悪さを持ち、極めつけに同じ話を繰り返すのだ。
「ターナ。もう二度目だ、その話は」
「えっ、そうだっけ? まぁ、いいや——」
彼は意味のない話をベラベラと紡ぐ。まるで象のお喋りのように、意味を成さない戯言。静かにクレメンタインは相槌を打ち、さも心地よさそうに目を閉じている。
この光景は時折見られる物であり、目撃した者も別段何か言葉を掛ける訳でもない。中にはそれを見て、クレメンタインを気の毒に思う者もいた。仲の良い同期が死んでから一歩も歩みだせずに居る、親友を忘れる事が出来ない、他者の死に縛られた哀れな女だと影で、嘲り笑う者も居る。それはクレメンタイン自身もひしひしと感じているが、吹っ切りの付かず、ミッターナハヅンネに死した親友を重ねているのだ。
「五科長、聞いてる? 」
「あぁ、聞いてる。…あぁ、聞いてるともさ」
「何かあったの? 」
「いや。別にな。部下と親交を結ぶのも勤めだろ」
「ふーん、まぁいいや。でさ——」
もう感付かれている事だろう。冷徹に振舞った自分が、他者の死に悼んでいるという事を。それでもミッターナハヅンネはとやかく言う事なく、ベラベラと言葉を紡ぎ、その自分の話にヘラヘラと笑っている。
それが彼の良い所なのだろう。他者を気遣う訳でもなく、遠慮をする訳でもない。自然に、自分のしたい事をし、成すがまま、在るがままに生きている。
「ターナ」
「はぁい? 」
「お前が人間だとして、死ぬっていうのはどういう事だと思う」
「…そうだねー。よく分からないってのが本音かなぁ。余り難しい事を考えても仕方ないんじゃない? 」
「お前の回答はそうか…。お前らしいな。私はこう思うんだ。残った者に治らない傷を与え、自分は勝手に逝く所に逝って、一人で眠ってしまう。はた迷惑な物だと」
そうクレメンタインは呟くように言う。無意識の内に頬の傷跡に指を這わせ、顔を伏せていた。それを見て、ミッターナハヅンネは僅かに瞳を見開き、すぐに人懐こい笑みを浮かべた。
「まだ忘れられない? 」
「…あぁ。そうだな。アイツもそうだし、今回死んだ奴等もそうだ。恐らく忘れないだろうな。私が死ぬまで」
「そっか。それは良かった」
「どういう事だ…? 」
「死んでも誰かに覚えていてもらえるって幸せな事だよ。肉体が死んでも、誰かの中で生きている。残っている。彼等は幸せ者だ」
「——死んで未来が潰えたとしてもか」
「そこは分からない。人の価値観次第かな」
のらりくらりと答弁するミッターナハヅンネに、やや辟易しはじめたクレメンタインだったが、眼鏡を外し瞳を閉じ、自制する。此処で声を荒げれば、自分の立場というものが無くなってしまう。人の上に立つ者として、相応しくない。
「五科長。多分、ずっと答えは出ないよ。百人居れば百人死生観が違うんだもの。でさ——」
尤もらしい事を言って、ミッターナハヅンネはまた他愛もない話を始める。余りもの切り替えの早さに、呆気に取られクレメンタインの溜飲は少しずつ下がっていった。それと同時に、自分という存在がえらく浅ましく、小さい女に思えてきた。溜息を吐きながら、眼鏡を掛けなおし、ミッターナハヅンネのお喋りに小さく相槌を打った。