複雑・ファジー小説

Re: Subterranean Logos【オリキャラ二名募集中】 ( No.8 )
日時: 2015/12/12 22:54
名前: noisy ◆.wq9m2y9k. (ID: 9igayva7)
参照: http://www.kakiko.info/bbs2/index.cgi?mode

暗がりの中、何か生暖かい物が手に触れた。暗視ゴーグルを下ろし、それが何なのか確認すると同時にクレメンタインは戦慄を覚え、すぐに視線の先の物を抱き寄せた。微かにだがまだ息はある。
どこかに強打したのか、瞳は潰れ、何かに貫かれたのか胸部の出血が酷い。それでも血液の匂いがしないのは、車内に充満する軽油の匂いに掻き消されているからだろう。

「サリタ、しっかりしろ。死ぬな」
 平静を装い、声を掛ければ僅かだがサリタと呼ばれた女から応答は返って来る。生きているなら見捨てる理由はない、第三科は負傷者の救護を目的としているのだ、死者ではないのならば救わなければならない。それが親友であるならば、尚更だ。

「ハッチが開かん…。クソ」
 車内に充満する軽油の匂い、どこかで計器が故障しているのか、火花が散り、いつ引火するか分からない状況に危機感を覚えた。

「…シンディー」
「喋るな。すぐに出してやる」
 ストックで防弾ガラスを執拗に叩くも、蜘蛛の巣のように皹が入るだけで一向に割れない。本来ならば散弾銃で蝶番を破壊し、ドアを打ち破るのだが、軽油の匂いが充満している以上、引き金を引き、弾を放つ事は出来ない。さもなくば、散弾銃から発せられる燃焼ガスに引火し、LAVの中でローストされてしまう可能性がある。

「…ねぇ」
「黙ってろッ! ……モルヒネならそこにある、自分で打て」
 語気を荒げるクレメンタインだったが、それは血を流す友に対する怒りではなく、いつ焼かれるとも限らない不安からの焦りによるものだ。

「——ねぇ」
 不意に背後のサリタの声がとても冷たく、はっきりと耳に届いた。今にも消え入りそうな声だった彼女からは発せられたとは信じがたい、それに悪寒を覚え、ゆっくりと振り向き、クレメンタインは瞳を見開いた。

「なんだ、それ」
 視線の先のサリタは人成らざる姿をしていた。肌は死人のように白く、瞳はとても人間とは思えない程に黒く染まり、傷口を塞がっていた。その姿は変異生物、ノスフェラトゥその物だった。

「ねぇ、クレミー。撃って」
 介錯をしろと言うのか、はたまた此処で共に死ねと言うのか、彼女の意図は押し計らえなかったが、同時に引き金も引く事は出来なかった。

「やっぱり…。——貴女は私を救えないのね」
 その言葉を放つと同時にサリタはクレメンタインへと飛び掛って行く。最早人間の物ではない爪がクレメンタインの左の頬を掠め、頬の肉と数本の歯を抉り、奪い取って行く。
痛切な悲鳴すら挙げる事なく、瞳を見開きながらカービンライフルの引き金を引いた。銃弾はサリタの胸と額を撃ち貫き、人間の物よりも黒い血液を辺りに散らした。見開かれた瞳は閉じられる事なく、激痛に歪む事もない。目の前で静かに死んでゆく嘗ての友を見下ろしながら、クレメンタインは抉り取られた頬に手を添えた。



 飛び上がるようにして起き上がれば、見知った天井が視線の先にはあった。眼鏡はベッドサイドのテーブルに置かれ、その脇にはミッターナハヅンネが書いたのだろうか、決して上手いとはいえない字で手紙が置かれていた。飲みすぎたのだろうか、それとも悪い夢のせいだろうか、痛む頭を擦りながら、ゆっくりと起き上がった。眼鏡を掛けなおし、鏡も見ずに手櫛で髪を整えると、手紙を手に取る。案の定、酔っ払って潰れてしまった、部屋まで連れて来たとの内容であった。

「詫びなくてはな…」
 自嘲するような笑みを浮かべ、ベッドに腰掛ける。タブレットPCに写る自分の顔に走る大きな傷を指先で、なぞりながら溜息を吐いた。死したであろう彼等は全員がNファクターを投与していたはずだ、死んだならばノスフェラトゥや変異生物となった可能性がある。
生前の姿をある程度保ったまま、異形と化し、また何れ敵として舞い戻ってくる可能性もある。その時、自分は彼等を撃つ事は出来るだろうか。サリタを手に掛けた時のように、引き金を引く事は出来るだろうか。頬の傷と、彼女の死はクレメンタインを朝から蝕んでいた。気に病むな、気にするな、自分にそう言い聞かせながら、身支度を始める彼女の足取りは重く、動作は緩慢とし、表情は冴えなかった。