複雑・ファジー小説
- Re: ラージ [夢だからこそ、出来ることがある〕 ( No.8 )
- 日時: 2015/09/24 18:00
- 名前: 全州明 ◆6um78NSKpg (ID: IQBg8KOO)
第三話 「あるはずの無い過去」
気がつくと僕は、一本道の脇にある、色褪せたベンチの上に横たわっていた。
体を起こすとお腹の上に、開かれたままの本が置いてあった。
読んでいる途中に寝てしまったのだろうか。
起きたばかりでまだ寝ぼけているのかもしれない。視界が全体的にぼんやりとして、まるで夢の中にいるみたいだ。今まで僕は、何をしていたんだろう。
とても長い間、悪い夢を見ていたような気がする。狭くて汚い部屋の中で、電気も点けず、いつも一人ぼっちでパソコンに向かい合っていたような。その中で、顔も知らない誰かと、居るかもわからないような誰かと、延々やり取りをして、楽しい時もあったけど、それはいつも上辺だけで、心の底は、いつも冷たくて———
……あぁ、なんて嫌な夢なんだ。もうあんな夢、絶対に見たくない。あれはもう、悪夢なんて生易しいもんじゃなかった。あそこには、本当に何も無い。あそこにいると、生きる意味すら分からなくなる。
何をしてもつまらなくて、何もかも無駄に思えて。死のうと言う気力すら湧かなくて、本当に、嫌な夢だった。でももう終わったんだ。考えていても仕方ない。大切なのは今だ。
折角こんないい町に生まれ育ったんだから、今を楽しまなくちゃ。
あちこちに植え付けられた木々は青々と茂り、至る所で蝉たちが騒がしく喚き立てていた。
夜になるとそれらは途絶え、代わりに鈴虫の合唱が始まる。
町はすっかり、夏色に染まっていた。
- Re: ラージ [夢だからこそ、出来ることがある〕 ( No.9 )
- 日時: 2015/03/29 19:10
- 名前: 全州明 ◆6um78NSKpg (ID: .1MHnYLr)
ここでいつまでも黄昏ていても仕方ない、おもむろに立ち上がり、僕は帰路へと向かう。
僕はあまり方向感覚のいい方ではなかった。見知った道に辿り着けなければ、家に帰ることは難しいだろう。もうすぐ夕方になる。暗くなる前に、速く帰らないと。
歩く速度は急速に速まり、しまいには走り出していた。
僕は明らかに焦っていた。まだ走り始めたばかりなのに、額に汗が滲む。
心臓の位置がはっきりとわかるほどに、鼓動が速くなっていた。
胸騒ぎがして、バッと後ろを振り返る。そこにはさっきのベンチがあるだけで、誰もいない。
胸騒ぎが治まらず、その後も何度も振り返ってしまう。やはり誰もいない。
でも、なぜだか誰かに追いかけられている気がした。
「誰かぁ!!」
僕の声は響き渡った。反響して、声が何重にも重なって聞こえた。
再び後ろを振り返る。道の両脇には木々が立ち並び、遠くにはベンチが見える。
曲がり角に差し掛かり、速度を落としてなんとか曲がり切ってから、もう一度振り返る。
再び後ろを振り返る。道の両脇には木々が立ち並んでおり、遠くにベンチが見えた。
それは普段なら、見なれた景色のはずだった。普通の景色のはずだった。
ただそこには、曲がり角を曲がっても、先程となんら変わらない風景があり続けていた。
それが問題だった。明らかに、何かがおかしかった。何かが、何かが違う。
一体ここはどこなんだろう。いつまで経っても、見覚えの無い景色ばかりが広がっていた。
僕は、がむしゃらに走り続ける。
疲れてきたのだろうか。周りの景色がぼやけて見える。
辺りはすっかり真っ暗になっていた。多分もう、誰も追ってきていない。
それでも僕は走り続ける。後ろを振り返らないようにして。
再び曲がり角に差し掛かった。今度は速度を落とさずに、そのまま駆け抜けた。
すんでのところで曲がり切り、再び一直線に走る。
景色のぼやけはさらに悪化して、とうとう歪んでいるようにさえ見えてきた。
それでも僕は、走り続ける。ただひたすらに、前だけを向いて。
歪みが酷くなって、景色にひびが入り始め、僕の進行方向にも、大きな亀裂が走り、やがて穴があき、その箇所だけ淡いオレンジ色の光が差し込み始めた。
それでも僕は、走り続けた。光の、向こう側へ。