複雑・ファジー小説
- Re: ラージ [夢だからこそ、出来ることがある〕 ( No.10 )
- 日時: 2015/04/09 18:12
- 名前: 全州明 ◆6um78NSKpg (ID: .1MHnYLr)
町はすっかり、夏に染まっていた。
ここでいつまでも黄昏ていても仕方ない、おもむろに立ち上がり、僕は帰路へと向かう。
僕はあまり方向感覚のいい方ではなかった。見知った道に辿り着けなければ、家に帰ることは難しいだろう。
もうすぐ夕方になる。暗くなる前に、速く帰らないと。
歩く速度は急速に速まり、しまいには走り出していた。
僕は明らかに焦っていた。まだ走り始めたばかりなのに、額に汗が滲む。
心臓の位置がはっきりとわかるほどに、鼓動が速くなっていた。
胸騒ぎがして、バッと後ろを振り返る。そこにはさっきのベンチがあるだけで、誰もいない。
胸騒ぎが治まらず、その後も何度も振り返ってしまう。やはり誰もいない。
でも、なぜだか誰かに追いかけられている気がした。
「誰かぁ!!」
僕の声は響き渡った。反響して、声が何重にも重なって聞こえた。
再び後ろを振り返る。道の両脇には木々が立ち並び、遠くにはベンチが見える。
曲がり角に差し掛かり、速度を落としてなんとか曲がり切ってから、もう一度振り返る。
再び後ろを振り返る。道の両脇には木々が立ち並んでおり、遠くにベンチが見えた。
それは普段なら、見なれた景色のはずだった。
普通の景色のはずだった。
ただそこには、曲がり角を曲がっても、先程となんら変わらない風景がある。
それが問題だった。明らかに、何かがおかしかった。何かが、何かが違う。
一体ここはどこなんだろう。いつまで経っても、見覚えの無い景色ばかりが広がっていた。
僕は、がむしゃらに走り続ける。
疲れてきたのだろうか。周りの景色がぼやけて見える。
辺りはすっかり真っ暗になっていた。多分もう、誰も追ってきていない。
それでも僕は走り続ける。後ろを振り返らないようにして。
再び曲がり角に差し掛かった。今度は速度を落とさずに、そのまま駆け抜けた。
すんでのところで曲がり切り、再び一直線に走る。
景色のぼやけはさらに悪化して、とうとう歪んでいるようにさえ見えてきた。
それでも僕は、走り続ける。ただひたすらに、前だけを向いて。
歪みが酷くなって、景色にひびが入り始め、僕の進行方向にも、大きな亀裂が走り、やがて穴が開き、その箇所だけ淡いオレンジ色の光が差し込み始めた。
それでも僕は、走り続けた。光の、向こう側へ。
第四話 「適応環境」
———目覚ま時計が鳴り響き、僕はようやく目を覚ます。
起き上がり、重いまぶたを開くと、僕を囲むようにして、低い本棚があり、大きめの勉強机があり、開けっ放しのクローゼットがあった。
デジタルの目覚まし時計は、十月十九日の月曜日、午前七時を示していた。
いつもと何ら変わらない僕の部屋が、そこにはあった。
昨日のあれは、夢だったんだろうか。それとも、あの後なんとか家に辿り着いたんだろうか。
立ち上がり、部屋のドアノブを回しながら考える。
夢にしてはやけ鮮明に覚えているし、現実にしては、あまりにおかしな出来事だった。
ゆっくりと階段を下りながら、あくびをする。
リビングには、誰もいなかった。テーブルの上には置手紙が置いてあったけど、どうせ今日は遅くなるとか大体そんなことが書いてあるんだろう。いつもそんな感じだ。文面を確認せずに、キッチンへと向かう。
冷蔵庫からタッパに入ったサラダを取り出し、オーブンの上に置かれたパンを一枚加え、テーブルに着く。
液晶テレビを点けると、今日は全国的に晴れるでしょうと天気予報士の人が声を弾ませていた。
どのチャンネルにしてみても、いつもと特に変わりなく、これといった事件や事故も、起こっていないらしかった。
昨日のあれが、夢だったにしても、現実だったにしても、平和で、いつもと変わらない日常が、ここにはある。
それだけで十分のはずだ。そんな結論に至り、僕は考えるのをやめ、黙々と食事を始めた。
家を出るころには、時計の針は七時五十分を刺していた。
少しのんびりし過ぎてしまったかもしれない。とにもかくにも、十分で学校に着かなくてはならなかった。僕は再度ドアの戸締りを確認し、足早に家を後にした。
- Re: ラージ [夢だからこそ、出来ることがある〕 ( No.11 )
- 日時: 2015/04/02 08:36
- 名前: 全州明 ◆6um78NSKpg (ID: .1MHnYLr)
昨日の夢のこともあるし、走るのは、正直怖くてたまらなかった。
でも今は、どうしても走らなくちゃいけなかった。学校に遅刻しないためという、恰好悪い理由で。アニメやマンガなんかでは、こういうのは普通ピンチになったときとか、何かを固く決意するなり大きな心境の変化が起こるなりとかして苦労して克服するものなのだけれど、僕の場合、先生に怒られないためだけに、再び走れてしまうものなのだ。
〝現実は小説より奇なり〟なんて言った人の気持ちが、今の僕には良く分かる。
腕時計を見ると、残された時間はあとわずかであることがわかった。
なんて言い方をすれば少しは恰好良くもなるけれど、先程も述べたように、その時刻を過ぎると、僕は遅刻する。時間が過ぎて困るのは、本当に、たったそれだけのことだ。