複雑・ファジー小説
- Re: ラージ [夢だからこそ、出来ることがある〕 ( No.20 )
- 日時: 2015/04/12 10:31
- 名前: 全州明 ◆6um78NSKpg (ID: .1MHnYLr)
ちなみに、彼らを笑う奴らも、馬鹿にする奴らも、誰一人としていない。
最初からそうなんだ。特にこの町は。誰も馬鹿にしないし、誰も笑われない。
まぁ、それが普通なんだけれど。
「あ、橋丘先生だ!」
岡田が唐突に前からやってきた白衣の男の人を指さした。
「橋丘先生? 誰?」
僕は首を傾げ、正直に言う。
「お前知らないのかよ、ほら、あれだよ、脳の研究してる人」
「脳の研究?」
「正確には、空想と妄想について研究している脳科学者だよ」
橋丘先生は僕らにそう説明してくれた。でも、やっぱり僕はこの人を知らない。
「空想と妄想はどう違うんですか?」
僕は疑問を口にした。橋丘先生は、少し考え込むような素振りを見せてから、こう答えた。
「空想と妄想の違いは、気付いているかいないかなんだよ。
空想は、自分が今空想していることに気が付いているし、次の日、昨日は空想していたなと覚えている。
ところが妄想は、してもいないことを、次の日していたと思い込んでいる。本当はしていないのに、した記憶があって、したと思い込んでいて、本当はしていないことに気がつかない。これが妄想だ。
妄想は、精神疾患の一つなんだよ。脳が自己防衛のため、自分の立場を有利にするため、嘘の記憶を植え付けるんだ。
それもとことん、都合のいい記憶をね」
「へぇー」
岡田は生返事をした。多分内容がいまいち理解できなくて、話しについていけないんだろう。
でも僕はもう一つ、聞きたいことがある。だから悪いけど、後少しだけ、置いてけぼりになっていてもらおう。
「それじゃあ先生、自分から目を覚ますには、どうすればいいんですか?」
僕は、次また悪夢を見たときのために、聞いたつもりだった。でも先生は、僕の質問の意図を、履き違えたらしかった。
「君はもう、目を覚ましているはずだよ? ただそのことに、君が気付いていないだけで」
- Re: ラージ [夢だからこそ、出来ることがある〕 ( No.22 )
- 日時: 2015/09/24 18:02
- 名前: 全州明 ◆6um78NSKpg (ID: IQBg8KOO)
岡田と橋丘先生に別れを告げて、僕は再び帰路を歩きだす。
その途中、右へ行くべき二差路を、左に行った。
遠回りなんてもんじゃない。この道では、間違いなく家に帰ることができない。
でも、僕の足は留まることを知らず、その速度は、しだいに速まって行った。
住宅が立ち並び、道路は緩やかなカーブを描いていた。
昭和の時代特有の懐かしさがあって、夕焼けが似合いそうな場所だった。
その後も道なりに進んでいくと、一際目立つマンションを見つけた。
他に高い建物が無いわけではないのだけれど、そのマンションだけが、独立した空間に佇んでいるようで、場違いなようにも見えた。間違いない。この建物は、前もどこかで見たことがある気がする。もっと言えばこの道も、この街並みも、単にそういう雰囲気なだけかもしれないけれど、久しぶりに来たような、懐かしさを覚える。
それが何故かはわからない。わからないから、僕は駆け出した。あのマンションの中に入れば、何か思い出す気がした。それは、確信にも近い期待だった。
でもその期待は、すぐに裏切られる形となった。
マンションの中には入れなかった。そもそも入口が見当たらなかった。
表に回ってみると、そこには異様な光景が広がっていた。
マンションの表半分は、真っ青なビニールのシートがかぶせられていたのだ。
近くにあった看板を見ると、『建設中 四月十四日完成予定』と書かれていた。
それは明らかに異様で、異質で、考えられないことだった。
ぼんやりとしか覚えていないものの、僕は確かに、以前、このマンションの中に入って、エレベーターに乗ったはずだ。そこで誰かに会って、何か話をしたような気もするけれど、その先はよく覚えていないけれど、あの時確かに、ここは完成していたはずだ。でなければ、僕が中に入ることも、エレベーターに乗ることも、できたはずが無いんだ。
でも、どこからどう見ても、この建物は今、建設途中で、まだ完成していないように見える。
上部の骨組みが未完成のままむき出しになってるし、シートの隙間から見える壁も塗装されていないところをみると、改修工事というわけでもなさそうだ。
じゃあなんで? どうして? 僕が前来た時は、こんな風じゃなかったはずだ。
考えれば考えるほど訳が分からなくなって、やがて頭の中が真っ白になった。
「ねぇ、あなたもここに引っ越すの?」
後ろから声をかけられた。元気な女の子の声だった。
いきなりのことに驚き、肩をびくりと震わせてから、おそるおそる振り返ると、そこには少し大きめの茶色いコートを着込んだ、細身の体に長い黒髪の、活発そうな女の子がいた。
顔はかなり整っていて、まだ少し、あどけなさが残っていた。
身長から察するに、僕と同じか、少し下くらいの年に見えた。
「ねぇってば」
「え? あぁ、ごめん。僕は、たまたまここを通りかかっただけなんだよ」
「……そっか。それじゃあまたね」
女の子はちょっぴり残念そうにそう呟いて、音もなく姿を消した。
隠れられるような物影は、どこにもなかったけれど、大して気には止まらなかった。