複雑・ファジー小説

Re: ラージ ( No.23 )
日時: 2015/04/18 12:08
名前: 全州明 ◆6um78NSKpg (ID: .1MHnYLr)

第五話 「再発」


 ————目を覚まし、横に振り向いて時計を見る。
今日も、いつも通りの時間に目覚めたらしかった。扉を開けて階段を下り、リビングへ向かうと、今日も母さんの姿は無く、テーブルの上に、置手紙が置かれていた。
 テレビをつけて、ニュース番組にする。今日も、大した事件や事故は、起こっておらず、かといって、科学の進歩で新たな何かができるようになったわけでもなく、何一つ、いつもと変わらない。それが普通だって、今までずっと、思い続けて来た。
でもここ最近、この変わらない毎日に、違和感を抱き始めていた。
あまりにも、変わらなさすぎるのだ。本当に、何一つ変わらない。
最後に遅刻しそうになって焦ったのは、一年前のことになる。でもその日は創立記念日で、学校は休みだった。
 結果的に、僕は遅刻をしなかったのだけれど、ここ最近は、曜日に関係なく、ほとんど同じ時刻に目が覚めて、それすらもなくなった。
最後に転校生が来たのは、四ヶ月前になる。例の活発な女の子だ。
今ではすっかりクラスに打ち解けて、男子の間では、ちょっとした人気者となっている。
その子が僕のクラスに来ること自体は、別に何もおかしくないのだけれど、問題は、最近、他のクラスの知り合いを見かける確率が、極端に低くなっていると言う事だ。
うちの学校に、不登校の奴なんて一人もいない。なのに、全く見かけなくなった。
担任の先生曰く、転校したのだという。最初はそれを、間に受けて、信じて疑わなかった。でもその後も、一人、また一人と、最近あまり話さなくなった知り合いや友達を、見なくなっていった先程も述べたように、最後に転校生が来たのは四ヶ月前の、一人だけだ。
もし見かけなくなった知人が、全員転校したのだとしたら、どこかのクラスに必ず空きの席があり、転校生が来ないのだから、その席は、一方的に増え続けていくはずだ。
そして空きの席が増えれば、当然目立つし、通りがかる人の目に止まる。
でも僕は、そのような空きの席を、今までに一度も見たことが無い。
僕の教室は四組で、向かう途中、三クラスの教室を横切る。でも、その教室には、一つとして、空きの席はない。生徒数が目に見えて減っているはずなのに、空きの席はちっとも増えない。空いた席を、新たな転校生が、新たに使っているわけでもないのだとしたら、残る可能性は一つ、僕の教室の奥にある、五組から九組が、空きの席だらけでほとんど誰もない、という可能性。五組から九組だけやたらと転校生が多いのは少し不自然な気もするけれど、もはやそうとしか考えられない。でもこれも、多分違う。だって、時々聞こえてくるんだ。
先生が注意する時の怒鳴り声や、楽しそうにはしゃぐ、誰かの笑い声が。

Re: ラージ ( No.24 )
日時: 2015/04/25 12:29
名前: 全州明 ◆6um78NSKpg (ID: JEeSibFs)

 このまま一人で考え込んでいてもらちが明かないので、ひとまず学校へと向かった。
 四組に向かう途中に横切る、三つの教室を、いつも以上に注意深く観察する。
 名前を知っている人物は一人もいなかったけど、やはりどの教室も、空いた席は無く、人数も、一人も転校していない、僕の教室とほとんど変わらなかった。
 そうこうしているうちに、四組の前に辿り着いた。でも今日の僕は、そのまま教室の中には入らず、その先の、五組へと向かう。微かに笑い声や話声が聞こえてくるけれど、四組のものとは違い、どこか、寂しげな気がする。廊下方面の教室の窓は、全て擦りガラスでできていて、入口の扉を開くまで、中の様子を伺う事は出来ない。
 僕はその扉を、遠慮がちに、恐る恐る開く。
 中からは、楽しげな笑い声や話声が漏れてくる。
 そんな当たり前の生活音に、僕は愕然とした。
「嘘、だろ…………」
 教室の中には、立ても横も、綺麗にそろえられた、たくさんの机と、椅子があった。
 でも、そこにあるのはそれだけだった。
 空きの席があるなんてもんじゃない。ここ自体が、空き教室だった。
 にも関わらず、乾いた笑い声や、話声が今も、教室中に、響き渡っていた。
 僕は青ざめて、慌てて扉を閉める。呼吸を整えて、ゆっくりと、六組の教室へと向かう。
 六組は、五組と比べると、静かで、おとなしい人が多い。そのせいか、六組の教室からは、何も聞こえてこない。入口の扉を開け、中を見る。
 使われていないと錯覚するほどに、新品同然の黒板があり、机があり、椅子があった。
 でも、それらを使う人たちは、ここにも居なかった。いや、居なくなっていた。
 僕は駆け出して、七組へと向かい、勢いよく扉を開ける。
 誰もいない。
 八組の扉も開ける。
 誰もいない。
 最後の望みを賭けて、九組へと向かう。
 九組は、入口の扉に南京錠がかけられて、閉鎖されていた。
「何だよこれ!! どうなってるんだよ!!」
 僕は再び駆け出して、九組の先の階段を駆け降りた。

 ———はずだった。
 慌てていたせいか、一段目を、踏み外してしまったらしい。
 前のめりになって、僕はそのまま倒れ込む。
 直前で目を瞑るも、闇の中で、ひたいに激痛が走る。
 その後も僕の体は止まらずに、ぐるぐると回り始めた。
 もうどこが痛いのかわからない。
 最悪の状況だ。目を開けると、真っ白な天井と、薄汚れた階段とが、ぐるぐると入れ替わっている最中だった。しだいに区別がつかなくなり、どちらが天井なのか、どちらが地面なのか、まるで分からなくなった。
 視界が、真っ黒な横線で一杯になる。
 それらは一定の速さを保ったまま、上から下へと流れて行く。
 手足を広げてみても、どこかに引っかかることはなく、ぶつかることもない。
 いつの間にか痛みは消えて、地面と接している感覚も、完全に消え失せた。
 浮遊感は無く、重力は、今も僕を下へ下へと引き寄せる。
 でも横線は、いつまでたっても途切れる様子はまるでなく、曲がることもせずに、僕を一直線に落として行く。しばらくすると遠くの方で、一際太い、横線が近づいてきた。
 その線の中に、人間の歯のような真っ白なものが生えたかと思うと、あんぐりと大口を開けた。
 口の中は横線とは違う、むらのあるどす黒い色をしていた。
 その大きな口は、なすすべなく転げ落ちる僕を、ごくりと飲み込んだ。