複雑・ファジー小説

Re: 小さな本棚 ( No.1 )
日時: 2015/03/31 10:25
名前: 狒本大牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: Od3Uhdie)


title:かくれんぼ



 私には、かけがいのない友達がいる。名前をゆうといい、かくれんぼが大好きな友達だ。小さい頃は毎日のように遊んでいたのだが、今となっては交流もない。それでも私にとっては忘れられない大切な友達。

 ゆうくんのゆうは、優しいの優だった。親の願いに沿ってか沿わずか、彼はとても優しい子供だった。いつもひとりぼっちの私に声をかけて遊んでくれるくらいに。

 私は体が弱いから、いつも私たちはかくれんぼで遊んでいた。私はかくれてじっとしている、そして公園の中を駆けずり回って、彼が私を見つける。

 もういいかいと尋ねられて、まぁだだよと応えるうちはまだ支度中、もういいよと答えたらゲームの開始だ。じっと待つ、息を潜める、そして段々心細くなり始める。さっきから、公園で遊んでいる別の誰かと目が合っているのに、まるで世界中の誰にも見つけてもらえないかのような、不安で心細い歪な考え。

 独りが怖くて、でも慣れそうになってしまうその時に、決まって彼は現れる。顔に汗を浮かべて、泣きそうな私とは対照的に、晴れやかな笑顔で。

 その時の安心感が心地よくて、彼なら私を見失わないと信じられて、その思いを確かめるために私は毎日かくれんぼをした。それが、私にとっての日常で、日課で、必然だったんだと思う。

 だけどにわか雨の日に、そんな私の日常は音も立てずに崩れ去った。静かに、ひっそりと……私も知らないところで。その日は、その日だけは私が隠れている彼を探し出す鬼の役だった。

 小学生にもうすぐなろうという頃、まだまだ幼いにも関わらず彼はとても聡明だったのだろう。大きくなってから私も知ったのだがゆうくんの母親はブランド志向の強い人だったのだ。

 ゆうくんの優は、優しいという意味ではなかった。彼の名前は優秀の優だったのだ。

 その日の朝は気持ちがいいくらいの強い日射しだった。半袖の服を着ていたので、きっと季節は夏だったのだろう。私はいつものように十時頃に家を出た。

 今日はきっと素晴らしい日に違いないだろう。私は無邪気にもそう信じていた。雨の降る日はお外に遊びにいけないから悪いことが起きる、晴れた日は晴れやかで、みんなが幸せな一日になる、そう信じて欠片たりとも疑わなかった。本当に悪いことっていうのは、こちらが準備していない時にふらりとやってくるというのに。

 公園の滑り台の上、それがいつもの彼の居場所だった。いつもそこで待っていて、私の顔を見つけると笑いかけてくれる。きっと私は、そんな彼のことが大好きだった。

 だけどその日は彼の特等席は空いていた。誰も座っていない。自分よりも小さな男の子が滑り台で遊ぶために、ゆうくんの特等席を踏みつける。別段そんな事にムッとはしなかった。遊具はみんなのものだとはちゃんと分かっていたから。ただ、いるはずの彼のいない喪失感が訪れた。

 思い返せば、子供の直感というのは馬鹿にならないものだと感じられる。それまでにも、ゆうくんが風邪を引いて休んでしまったことがあった。けれども、どうしてかその日だけは胸の奥がざらざらとした。虫の知らせ、嫌な予感、神の啓示、何と表記しようがあまり変わりはないが、一番それらしく言うならばピンときた。

 なにか、わるいことがおきてる、ってね。

 だから私は、一度だけ鬼になった。ゆうくんを探そうって決めた。彼の家がどこかも知らないのにどうしてだろうか。私が探さないとって、すぐに思った。

 お巡りさんと話したのだから、きっと交番に行ったはずだ。ゆうくんを知りませんか? 思い返せば馬鹿正直な質問だ。あの人がゆうくんを知っているはずがない。

 思い出せる限りの彼をお巡りさんに説明した。あのお巡りさんも優しい人で、私の話を最後まで聞いても笑いもせず、馬鹿にもしなかったのだ。彼は彼で自分の同僚にゆうくんの事を知らないかと無線で尋ねてくれた。

 結果はもちろん芳しくなかった。広い町で小さな子供を一人探すのがどれだけ難しいだろうか。そうでなければわざわざ行方不明の子供が見つからないというニュースは流れないだろう。

 だから私は、自分一人で彼を見つけないといけないのだと再確認した。どんなに上手に隠れても私を見つけ出す彼のように、私が、彼を。

 ゆうくんと交わした他愛ない言葉を思い出す。彼は町を流れる広い川の河川敷がお気に入りだった。私と遊んだ後、彼はお母さんを待つ。水切りをしながら、夕日を眺めながら。彼のお母さんはとても美しい人だったと思う。

 夕日が丁度重なって、川の表面がオレンジ色に燃えているのが綺麗だと、彼は熱心に語っていた。きっと彼は河川敷にいるんだ、そう直感した。

 空が陰り始めたのは、その頃だ。

 空に立ち込め始める雨雲に、さっきまであんなにいい天気だったのにと私は唇を尖らせた。冷たい雨粒が、ふと私の頬を叩いた。けれども、私は歩みを止めようとはしなかった。雨に濡れようとも、進まなければならないって後ろを振り返らずに突き進んだ。それは果たして、正解だったのだろうか。

 彼は古い橋の上に立っていた。木製の、手すりもない危険な橋。今はもう撤去されたけれども、当時は使わなくて当たり前の橋だ。だってもしも落ちたらと考えたら怖くなるから。だから私も近寄らなかったし、その日もその橋を駆けてゆうくんに近寄れなかった。

 見ぃつけた、雨で額に貼り付いた前髪を払いのけて私は彼に微笑みかけた。橋の上からこっちにおいでよ、そう呼びかけても彼は首を横にふった。何だか彼はとても嬉しそう。そう、思える表情だった。

 きっとあれは、いつもの私の顔だったのだろう。

「帰ろうよ」
「ううん」

 首を横にふる。

「風邪引いちゃうよ」
「引かないさ」

 乾いた笑みを漏らす。

「僕、怖かった」

 最後の最後、この世と別れる最期の日。自分が誰にも見つけてもらえずにひっそりといなくなってしまうのがどうにも怖かった。誰にも知られずに消えてしまうだなんて、まるで最初から自分はそこにいなかったみたいじゃないか。かいつまむとそんな風な事を、子供らしい言葉で彼は言っていた。

「何でそんな事言うの? 一緒に帰ろうよ」
「……ごめんね」

 雨でびしょびしょになった彼の顔を、一筋の涙が伝った。何でだろうか、涙なんて雨に紛れているはずなのに、彼が泣いていると鮮明に分かったのは。涙はボロボロと、目の淵からあふれでる。

 彼のお母さんはブランド志向の強い人だった。彼女にとって子供とは、自分を飾る宝石と何ら変わらない。彼女が愛していたのは息子でなく、優秀なゆうくんのお母さんっていう肩書きだった。本人が入りたくない有名な私立にゆうくんを放り込み、その母親であるというブランドが欲しかったのだろう。

 僕にはそれが耐えられない。ゆうくんははっきりと言った。母親を愛していたからこそ、そんな想いだ。

「ありがとう、後はごめんね」
「何が?」
「君が見つけてくれなかったら、僕はとべなかった」
「何を言ってるの?」
「ひとりぼっちじゃないって、最後に教えてもらえた」
「なら帰ろうよ」
「でもそんな君とは、もう会えないと思う」

 元気でね。それが、彼の最期の言葉だった。

 その後の事はほとんど覚えていない。雨のせいで水量の増えた川は幼い女の子には危なくて、近くのインターフォンを片っ端から押した。泣いて哭いて、泣きじゃくってゆうくんが川にとび込んだって、えづきながら伝えた。

 大人たちはみんなゆうくんを探してくれた。けれどもやはり手遅れで、その後顔を会わせたゆうくんは土気色の肌をしていて、冷たくて、ぴくりとも動かなかった。

 その時は悲しいとは思えなかった。目の前にあるのは精巧な模型で、どこかで彼がまだ生きているって、そう思った。その次に泣いたのは確か、彼のお母さんと会った時だ。

 今でも忘れない、涙も流さず首をかしげ、せっかく私立に入ったのにどうして自殺なんて、と。涙ぐむ両親、義両親、旦那の中で彼女だけ浮いていた。

 お葬式に乗り込んで、お前のせいだと罵って彼女に殴りかかったらしい。正直その辺りはあまり覚えていない。殴られたところで痛くもなく、誰かが止めようとした時にはもう泣き崩れて意気消沈していたのだとか。

 誰にも怒られなかったらしいが、本当だろうか。今となってはもう分からない。少なくとも、向こうの人たちは私の事を怒らなかった。ゆうくんから、私の事を聞いていたらしいし、最後を見届けた私にこれ以上トラウマを植え付けたくなかったのだとか。肝心の母親はというと、私の事にはこれっぽっちも興味を持たなかったらしい。

 あれから二十年、早いものだ。私ももう社会人になっているし、友達もできた。恋人はいないけれども、少なくとも一人じゃない。

 けれどどうしてだろうか、時折こんなにも空しくて、寂しくて、不安に押し潰されそうになってしまうのは。ああ、この感覚は一人で隠れている時の、あの感覚によく似ている。

 もう一度だけで構わない、だからどうかせめて一度だけーーーー



 ーーーー私の事を見つけてください。




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