複雑・ファジー小説

Re: 小さな本棚 ( No.2 )
日時: 2015/04/05 20:12
名前: 狒本大牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: W5lCT/7j)

title:街灯の独り言



 君たちはよく落とし物をする。うっかりものも、しっかりものも関係ない。落とすときは落とすものだし、気を付けているかは関係ない。眠気をこらえて暗闇を睨んでいても、気づけば朝日に照らされるように。
 大切なものを落としたとき、君たちは大抵必死に探し回る。逆にそれほど必要でないものだったら、きっとそれほど慎重には探さないだろうね。そして君たちが落とすのは、大概は不要な物なのさ。だってそれほど大切にしていないものほど、気を配ろうとはしなくなるからね。
 僕は道端に立っているたかだか一人の街灯だけれど、君たちが落とし物をするのはよく見る。急いで走っている人が鞄の隙間から財布をこぼしたり、ぶかぶかのズボンをはいている人がポケットの定期入れを落としたり。ぶつかった弾みで手に持っていたもののことを忘れたり。
 その様子を目にしても、僕は君たちを呼び止められない。だって僕には口が無いからね。この僕に言葉が与えられたなら、すぐに君たちに声をかけて、何かを無くしたりしない世の中にできるのにね。

 でもね、君たちが落とすのは形あるものだけだなんてことは決して言いきれない。言葉がある君たちだからこそ、喧嘩や争いは生まれるから。意見がぶつかって、どうしようもなく相手を傷つけあって、そして気付いたら君たちは大事なものを見失ってる。
 それは絆だとか、心だとか君たちがきらびやかな言葉で彩っている、そんな何かだ。相手に刺を突き刺して、自分に突き刺されて、君たちの掌にあるそれが、端の方から砂になって、さらさらさらって崩れてく。
 何が悲しいかって、大体そんなことの原因はとてもつまらないことなんだっていうこと。
 たとえば、あそこにいる男女を見て。彼らは僕の足下で待ち合わせをしていたんだけどさ、男の方が遅刻しちゃったんだ。すぐに謝ったら女の人もすぐに許したんだろうね。けど、男の人はてんで悪びれずただへらへらと、今日の予定を喋りだしたんだ。
 そりゃあ、待たされた上に反省も無かったら怒っちゃうよね。そこで女の人もちょっと嫌味を言っちゃったんだ。そこからがもう大変だよ。自分は悪くないと思ってる男性はたかだか十分じゃないかって言うし、女の人も毎度待たされる私の身になってと反論する。どう考えても、これは男の方が分が悪いね。
 そしてそのまま大喧嘩、早く謝ったら良かったのに。どうしてこんなにこじれちゃったんだろうね。たった一言ごめんと謝るのにどうしてそんなに意固地になっちゃうんだろうね。

 ついに女の人の堪忍袋の緒が切れて、相手に背を向ける。くるりと踵を返した彼女は、もう男の言葉なんて聞かずに歩き出した。
 ほうらやっぱり落とし物。君たちは本当に懲りないなぁ。
 けれどね、君たちに覚えておいて欲しいことがあるんだ。

 男の人は慌てて彼女に駆け寄ったんだ。待ってくれ、俺が悪かったんだ、ってね。
 もう分かったよね、僕の言いたいこと。

 落とし物はね、探し出したら拾うことができるんだ。




<fin>