複雑・ファジー小説
- Re: 超能力者の落ちこぼれ(参照1000突破感謝!) ( No.127 )
- 日時: 2015/06/07 18:33
- 名前: ユッケ (ID: gKVa1CPc)
■影、忍び寄る■
記者、湯ノ沢 通はイイ人である。
誰に対しても優しく、気遣いができ、何より人の心が解る人間だ。
真面目で誠実、仕事に対しても信念と正義を持って取り組んでいる。
7年前に仕事で知り合った女性と結婚。子供もいる。
社会人として完璧。非の打ち所の無い頼れる先輩。それが湯ノ沢であった。
しかし、時代は変わった……。
時代は湯ノ沢の記事を必要としなくなっていた……。
「お前なぁ…もっとマシな記事書けよな! これで読者が納得するか? ええ?」
編集長が投げ捨てた原稿には、有名芸能人カップルがカメラに向かって手でハートを作っている写真と【祝 有名芸能人カップル誕生】の文字。
「本人達の承諾も得て写真を撮らせてもらっていますし、こんなに幸せそうな表情で写ってくれています! イイ記事になりますよ!」
「あのなぁ、世間が求めてるのは、本人達の承諾を得た幸せいっぱいの写真じゃねぇんだよ!! お前それでもベテランか?! 今売れる記事は不倫とか密会現場とかそういう過激なやつだ!
他人の幸せを記事にして誰に自慢してんだよ! こんなご時勢に紙媒体の商売がこんな生ぬるいもんでやってられるか!!
写真は取り直せ、どうせ仕事の打ち上げだろうが、別の女との現場も抑えて、それっぽく見せて二股って書け」
「そんな! 隠れて写真撮って、事実を歪めて記事を書けと、そう言うんですか! この二人の気持ちはどうなるんですか!」
「赤の他人の気持ちなんか読者は読まねぇよ! 写真を見て文章を読むんだ! 被写体もあとは勝手に会見なりブログなりで真実ではありませんって言うだろう。
それでいいんだよ。勝手に盛り上がって売れる! それが現代の最高の記事だ!
わかったらさっさと記事書いてこい!」
湯ノ沢は黙って事務所を出て行くしかなかった。
紙媒体の商売が苦しいのはわかっている…しかし、自分の仕事に対する信念と正義は編集長のやり方に不満を抱いていた。
キャリアはある、ならば別の会社に……いや、今はどこも同じだ。
記者になって15年、今になって気付く事は、自分がこの仕事に向いていないという…言い訳じみたものであった。
街を歩く……何かネタはないのか……。
家族の為に、仕事をこなさなければ…!
プライドの為に職を失えば、必ず後で後悔する!
(何かないのか? 決定的な、誰もが釘付けになるようなネタ!)
不幸…興味を引くもの…異質な何か…記事になるもの!
「教えてやろうか? 俺は暇だからな」
ビルの隙間から忍び寄るのは……影だ。